記号としての表現、生身の描写

約一ヶ月前に、乾布摩擦についてちょっと書いてみた。それは、その一ヶ月ほど前にTLで少々話題になっていたからだ。ある小説の登場人物に、乾布摩擦をさせるシーンを入れると面白いかどうか、みたいな話だった。
僕は自分が乾布摩擦をしているので、何か気の利いたコメントをしようと思ったのだけれど、残念ながらその小説をまだ読み終わっていなかったので、登場人物のイメージがよく分からなかった。で、そんな僕がコメントするのもなんだか失礼な感じがしたので、そのままになっていたんだ。でも、やっぱりなんか乾布摩擦のことを書きたくなって、ひと月前の記事を書いた。

誰かが、何か楽しげなコメントをしてくれるかな、なんて思ってさ。

でも、誰からもコメントはなかった。記事へのアクセス数はいつもと同じくらいだったし、誰にも読んで貰えなかったわけではないのに、である。

それはどうしてだったのか、自分なりに考えてみた。

あの時、Twitter上で話されていたのは、決して《本当の乾布摩擦》ではなかった。それは、乾布摩擦をやるひとのイメージについてだ。だから、乾布摩擦をやると身体が温まるとか、風邪を引かないよ、とか、そんなことはどうでもいいのだ。
それは、物語の登場人物の小道具としての、記号としての乾布摩擦だ。

小説を書いていると、そういうことが多分、いっぱいある。

言葉のイメージが小説の小道具として作用すればいいのだから、その事象を自分が詳しく知っている必要も、とりわけ興味がある必要もない。

が、
そうではない表現をしたいな、と思うこともある。

もちろん、小説に出てくることを全部実体験で書くなんて、純文学以外では無理だろう。
特にエンタメなんかを書いていたら、もう、出来事の大半は想像力を膨らませて書くしかないのだし……。
と、ぐるぐるぐるぐる──。

まあ、考え始めるときりがないんだけど、ね。

記号に血肉を与えるべく、生身の描写をすべく、いろいろと体験したり、読んだり、見たり、触ったり、知ったり、したいよね。
という、今夜の話でした。

では、また明晩!

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