( )と。の位置。

正解があるのかというと、きっと正解はある。でもそれを調べてしまうとつまらないので、相変わらず私見だけで書くことにしてしまう。
(書いたあと、こっそりいろいろググってみようと思っている)

本日のテーマは、括弧と句点の位置。だ。

Aさんがこう言いました(それはこういうことだって)。

恐らくはこの書き方が正解だ。

本文、括弧、句点、だ。

ただ、どうしてもこの書き方ではしっくり来ないことがある。

Aさんがこう言いました。(捕捉するとすれば、こういうことでもある)

こんな場合だ。つまり、最初の文章に意味合いとして含まれる直接的な捕捉というより、第三者的な立場で指摘するように括弧内を書く場合だ。
やっぱりここでは、“言いました”の直後に句点を置きたい。どうしても置きたくなる。そして、別の文章として括弧以下を書きたいのだ。
本文と括弧内の文章量にもよると思うけど。

もう一つ。

Aさんがこう言いました。(捕捉するとすれば、こういうことでもある。しかしこれはある意味で、こういうことなのかもしれない)

こうやって括弧の中に長文が入ってくると、やはりその中には句点も含まれるようになる。括弧閉じの前にも句点を打ちたくなるけど、まあそれは我慢。小学校の教科書的には、打っても良いんだよね。公用文としては、《明らかにここで文章が終わっていると分かるので、句点は不要》となるから入れないんだけど。

でもね、

Aさんがこう言いました。(捕捉するとすれば、こういうことでもある。しかしこれはある意味で、こういうことなのかもしれない)。

こうやって、更に句点を打ったりすると、何となく落ち着いた感じがすることもある。括弧内の文章が長くなればなるほど、最後に句点を打ちたくなる。

まあ、本筋を言えば、《括弧で説明しなきゃならないような文を書くなよ》ということになるんだけど、ね。
いろんな書き方があってもいいんじゃないか、という気持ちも、あったりするのだ。

小説はルールじゃない。
表現なんだから、《自分の表現したいものを文字に、文章に落とすためにはどうすれば一番良いのか》、それを考え続けることも大事なんじゃないかな、なんて。
(新人賞に応募するときなんかは、やっぱり公用文のルール通りに書くのが定石なんだろうけど)

今日は、そんなお話でした。
(あ、正解はご自分でググってね!)

この記事が、いつか誰かの役に立ちますように!

マジック・オブ・セブン

効果を得たかったら、同じことを7回繰り返すのだ!
(でも、全く同じじゃダメだよ)

今回はそういうお話。
これは、ずっとずっと前から書きたかったテーマの一つなんだ。

ラッキーセブンとか、そういう話ではない。
7という数字が科学的に根拠のあるものかどうかは知らないのだけれど、この話は割とあちこちで聞く。恐らくはアメリカ発の話だから、《何回も何回も》という意味で7なんじゃないかと思っている。これが古来から日本にある考え方だったら、きっと8になっているだろうし。

最初にこれを知ったのは、英単語を覚えるための参考書だった。もう十五年くらい前かな。もちろん、同じことを何度も復習すれば効果が高まるっていうのは当然だけど、7回は多過ぎないか? と思っていた。実際、参考書を7回も通読するのは困難だから、結局3回くらいで挫折してしまったし、1冊丸々の英単語を覚えてやろうという試みも失敗に終わったわけだ。

そして、有名なあれ。
《教科書を7回読んだだけで司法試験を突破して弁護士になった女性の話》
内容を見てみると結構頷ける内容で、繰り返しっていうのは大切だよなあと感じていた。

今日、書きたいのは勉強の話なんかじゃない。
プロモーションだ。

ハンドレタリング・アーティストであり起業家支援をしているSean McCabe氏がSeanwes Podcastで繰り返し言っている。僕も彼の名前を度々出しているから、《またその人の話か》と思われるかもしれない。

「あなたの発信したもの(ブログ、Twitter、podcast、WEB、Youtubeなどなど)を、最初からずっと知っていて追いかけている人なんかそうそういない。今、このpodcastを聴いてるあなただって、第199回のこのshowが、初めて聴いたものかもしれないよね。だから僕は、僕のことをもう一回説明するよ、僕は──」

こんな調子で、同じ話をしょっちゅうする。大事な話ほど何度も何度も繰り返す。ずっと聴いている人にとっては、またあの話か、とも思えるけど、これはとてもいいリマインドになるのだ。何となくうろ覚えしていることを、初めて聴く人を相手にもう一回話してくれる。「あ、これは第○回のshowで話したことだから、詳しく知りたい人は聴いてね」と捕捉して。

そこで彼がよく言う言葉がMagic of Sevenなわけ。
人は忘れる。人は見過ごす。繰り返し言っても、うるさいと思われるより、忘れかけてたと思われるものだ。だから、大事なことは繰り返し繰り返し言わなきゃいけないんだ。

ちなみに、《毎日発信しよう、それを2年間続けるんだ、そうすれば必ず効果が上がる》っていうことも、彼が繰り返し言い続けていることの一つだ。

作品のプロモーションもそう。

ただし、それは自分の言葉でなくちゃいけないし、ボットによる機械的なリピートではダメ。それこそ、既に知っている人からは無視されるだけになってしまうし、うるさいと思われることにもなる。定期自動ツイートなんて、もってのほかだ。(完全に初めて見るひとに対しては良いかもしれないけど、ね。2回目にそれを見たら幻滅されてしまうかもしれない)

同じことに、少し違う側面から光を当てる。
少しだけ表現を変えてみる。
新たな見せ方を少し加えてみる。
それだけで、既に知っている人から反感を持たれないものになるし、逆に好感度が上がることにもなるのだ。

自分の作品・商品を宣伝するのは大変だ。
嫌がらるんじゃないかと気になってしかたがない。
でも、知ってもらわなければ広げることはできない。

勇気を持って、繰り返し宣伝しよう。
ただし、工夫を凝らして。

ラクして売れる魔法なんか、どこにもないんだから。

参考に、Seanwesのギャラリーを紹介しておこうかな。クリエーターにとって、とても勇気づけられる言葉が美しい手描きレタリングでつづられているこのサイト、僕からの強力おすすめです。

この記事が、いつか誰かの役に立ちますように!

遅過ぎる、遅過ぎる(藤崎さんごめんなさいw)

リビングで2時間:3日間で0文字。
(本日の記事は言い訳全開です。何書いてるんでしょうね……ほんと)
 →これ書いてる時間に小説書けよ、って言われそうですが、そんな脳ミソ状態じゃないのですわ。
 《記事公開直前に追記:電車で2枚、書きましたよ!)

この連休は執筆三昧の予定だった。そして今日はいよいよ『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』テーマ曲のヴォーカル録りをする予定にもしていた。

ところが、先週の木曜日に会社で泊まりがけの仕事になってしまって以来、全ての予定が崩れてしまった。本当は今ごろ『ルルルとリリリ』のクライマックスを書いている筈だったのだけれど、お恥ずかしい話、まだほんの冒頭部分までしか筆が進んでいない。徹夜の影響で──仮眠は取ったけどね──、土曜日は家事手伝い以外何もできず、ひたすら寝ることになった。そして日曜日はまた出勤、夕食が終わって落ち着いたのは22時過ぎだ。さらに今日も出勤となった。
午前中、かろうじて2時間ほどMacに向かう時間が取れたけど、価格改定の影響でまだあれこれと片づけなきゃならない雑務が残っていて、それをこなす時間にしなければならなかったのだ。

出版社名を変えたということは、表紙を差し替えなければならなくて、昨夜、ケプラーズ5213のランディングページの価格をはじめとした各種情報をアップデートしたのに引き続いて、今日は作品ページ(このページからリンクしているこれ)の表紙を全差し替え(サムネと実寸画像の両方)して、試し読みのEPUB内にある表紙画像も差し替えて……とやっているうちに時間切れ。

今日までで『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』のまとめ読みページは消えることになっているのだけど、さて、その差し替え作業をする時間をこの後取れるかどうかは、まだ見えないのだ。
もともとは第五話までの試し読みを用意しようと思っていたんだけど、物語の切れ目と興味の引きを考えて、第七話目まで読めるようにしようと考えを改めた。一応EPUBとPDFは作ったので、多分、大丈夫なんじゃないかなあと思っている次第。

テーマ曲の方は、結局何も進行していなくて、ヴォーカル録りどころかバックトラックも途中段階──。

まあ、そんな淡波ですが、今後もお付き合い頂けたら嬉しいなあ、と。

ではまた明晩!

価格改定の影響をちょろっと報告

一斉値上げから1週間が経ったので、その影響はどんな感じなのか、ここでちょいと報告しておこうかな。

「値段を倍にしたって、売上げが半分になることはないよ。だから、値段はその商品が提供する価値に見合うものにするべきなんだ」

とは、レタリング・アーティストで起業支援家のSean McCabe氏の得意なセリフ。それを実行に移してみた形になるわけだけど、この1週間で言えば……。

まあ、今のところ失敗ではなかったかな、というレベル。と、言っておこうかな。売上額的には確かにその前の一週間より若干増えている(値上げ前の駆け込み需要があったのに!)し、売り上げの冊数も思ったほど減ってはいない。ただし、これにはちょっと理由があるかもしれない。

・『孤独の王』第二部の価格が、僕の最初の設定ミスの影響もあって旧価格のままほぼ一週間が経過してしまった。管理画面で何度も見直したり再出版したのに、どうにも価格が変更されなかったのだ。
そのことを何度か呟いたおかげか、《安いうちに》買ってくださった方が何名か。誠にありがとうございます!

・ある方のブログ掲載掌編小説(?)の感想にケプラーズのことを書いたら、買っていただけた! オチのちょっとしたアイデアに、ケプラーズとの関連性というか、底に流れる共通したものを感じて嬉しかったのだ(読んでいただけたら嬉しいなあ、なんて書いちゃったし!)。
どうもありがとうございます。

価格改定前の駆け込み需要も思いのほかあったし、少しだけ価格を上げた短編もいつになく買っていただけた。これも、価格改定をしつこくアナウンスしたから、かな。
消費税云々の騒ぎがあって、Amazonさんも更新作業が相当お忙しいのだろうな、と思ったけど、18冊もの一挙変更(表紙のみ変更の無料本も含めて)を短時間で対応して下さってとても感謝している。

つい、売り上げの変化について書いたけど、本当の目的は、価格をアップして売り上げを上げることじゃない。
前の記事を読んでくださった方は覚えてるよね?)
商業作家の本の中に並んだ時、《安っぽい》《安いんだから中身もそれなりに違いない》と思われたくないための値上げ戦略なわけで。だから、いかにも個人出版だと思われてしまう《淡波e文庫》から、なんだか分からんけど個人ぽくはなさそうな《Newday Newlife 出版部》に出版元も変更したのだ。ずっと使っているドメイン名と、これでようやく整合性が取れたし、ね。

それにもちろん、消費税の件とは全く関係ないし、たまたまこの時期になってしまったのが自分でも不思議なくらいだった。
正直、この段階で細かな売り上げの額を気にしたって意味はないと思っている。お小遣いが少し増えるのはたしかに嬉しいことだけど、副次的なものだ。
月に千円や2千円の収入を得るために、僕は恥ずかしい思いや嫌な思いをしてまで宣伝したり苦労しているんじゃない。
《知られること》《読まれること》《存在を確立すること》それが今の目的なのだから。
今日はそんな感じ。

いつかこの記事が、(もしかして)誰かの役に立てますように!

反省と後悔が船を進ませるのだ

Twitter、そしてこのブログを始めたのは、《読者に価値を提供する》。それが目的だった。Twitterを始めたばかりの頃、とにかく価値ある呟きだけをしようと思っていた。だから、1日1ツイートするのが精いっぱいだった。なんだか、金言集みたいな、良い言葉集みたいな、そんなものじゃなきゃ《作家のツイート》として意味がないんじゃないか、と思い込んでいた。そして、そんな言葉たちが潜在読者を生み、タイムリーな宣伝が著書の売上げに結びつくのだ、と思っていた。

まあ、全くの間違いということではないけれどね、それは著名人とか、既にフォロワーさんがたくさんいる人とかね、そういう場合に喜ばれる類いのものだ。

誰も知らん無名の素人作家が、
「ね、これってためになるでしょ?」
的な呟きをしても誰も興味がないのは当たり前だし、そもそも、誰の目にも止まらないのだった。

以前、ここにも書いたけれど、誰もフォロワーがいないまま《価値のありそうなことを頑張って呟く》というスタイルをしばらく続けていた僕の呟きは、読者を増やすこともフォロワーを生み出すこともなかった。

その後、著名人や憧れのひとではなく、《同じ志を持つひとびと》をフォローするようになって、Twitterとの付き合い方ががらりと変わった。呟きも、本当にただの呟きが多くなった。もちろん、誰かのためになれるようなものを呟きたいな、という気持ちも、自分の作家としてのブランドを確立するための呟きをしなきゃ、という気持ちも変わらずにあったけど、もっと地に足のついた外の世界との付き合い方こそが《コンテクスト》なのだ、ということも学んだ。

毎朝、「おはよー、おはよー」と呟いている人がいた。
セルフ作家の広橋悠さんだ。そのツイートを目にし始めた頃、とても違和感があった。でも、広橋さんの作品に触れ、Twitter上でいろいろと話をさせていただくようになって、その呟きが、とても嬉しいものに変わっていった。朝、「おはよー、おはよー」を目にするだけで元気づけられた。
「推敲中!」
「執筆中!」
そんな呟きがとても身近になっていた。

Twitterを覗くのがとても楽しくなって、大勢の方と仲良くさせてもらうようになった。(決して多くはないけれど、友達がほとんどいなかった僕にとっては、とても大勢に思えるんだ)
バカだじゃれやおやじギャグ、どうでもいい下らない呟きをするようになって、でもそれで、多くの方たちの優しさや楽しさに触れることができた。
セルフ作家さんの本を読むようにもなって、本当に数えきれないほどの素晴らしい無名の小説があることを知った。

楽しい時間が、時間を忘れさせ、目的を忘れさせていた。

もう、当初の目的は意味がなかったと割り切っても良かった。

でも、ある時、ふと思ったんだ。

この呟き、たまたま僕の小説を読んでくれた読者さんが初めて見たら、どう思うのかな? と。
もちろん、《作家 淡波亮作》として《これはあかんだろ》というラインはあるし、最低限それは守ってきた。でも、《セルフ・ブランディング》と考えたとき、どう考えてもマイナスにしかならない呟きが、タイムラインを埋めていることもある。

後悔先に立たず。

ダメなところや恥ずかしいところ、おバカなところも含めて自分なんだから、それはそれでいいんだけど──。
実際、おバカな呟きを繰り返す○○さんや△△さんの作品が素晴らしいことを僕は知っているし、おバカな中にも知性や優しさが感じられたりするのだから、それはそれでいいのだ。悪いことじゃないのだ。

そんなことを思いながら、少しでも意味があって、誰かが楽しんでくれて、僕の小説に興味がわくような呟きを、していきたいよな、なんて思ったりするのだ。

そもそも人間は、矛盾を抱えた生き物なんだから。

反省しながら、後悔しながら、そして楽しみながら、こうやって先へ、先へと進んでいくのだ。
少しずつ。半歩ずつ。

ね。

これからも宜しくお願いします!

この記事が、いつか誰かの役に立ちますように!

エビネルさん裏話

こんな記事を書いて、誰か興味を持ってくれるのだろうかと思いつつ──。

僕は本当に計画的にものごとを進めるのが苦手だ。無事に完結したのでバラしてしまうと、実は『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』は、何も、一切何も考えずに書き始めたお話なのだ。粗筋も、設定も、なあーんにも。

ある朝目が覚めたとき、
《フックフックの、エビネルさん》という言葉が頭に浮かんでいた。

何だろうこれ? と思いながらも、既にその時、物語の、しかもこれまでに書いたことのないタイプのお伽噺の種になりそうな気がしていたのだ。そしてその言葉を布団の中でくり返すうち、《と》が浮かんだ。

「あ、対になる何かだ」と思った。

「エビネルさんだから、エビ。じゃあ、カニだな」と、信じられないほど短絡的に、空想を繋いだ。

「カニ、が頭で、エビネルさんと対になりそうな名前は……うーん、、カニエスさんがいいや」
「じゃ、国の名前は?」と、考えて、フックフックが国の名前であることに気づいた。
「トッカトッカ」
「あ、決まりだ。『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』これはいいタイトルだな」
そんな調子だ。

エビだから、痩せている。と考えたわけではないのだけれど、何となくエビネルさんは痩せたイメージだった。《やせっちょ》という言いかたを思いついて、これはお伽噺っぽいなあと自分に感心していた。
「対だから、カニエスさんは《ふとっちょ》だな」これもすぐに決まり、でもそれだけじゃつまらないから、ということで、《やせっちょだけどお腹は出ている》というイメージが出来た。当然、カニエスさんは《ふとっちょだけどお腹は出ていない》キャラクターだ。
エビネルさんはお酒が好き、という設定も、もちろん、このお腹から。

それだけ考えて、とりあえずタイトルをメモって、いきなり書きはじめたのだ。そう、ストーリーは何一つ考えていなかった。
で、勢いと雰囲気だけで、ずんずんここらまで書いてみたんだな。

お話は、こうして始まった。
お話は、こうして始まった。

(そうそう、これは先日、iPad miniの画面表示の説明のために使ったテキスト)

こうやってお話を書きながら周囲の様子を想像しはじめるたら、イメージが一気に広がったのだ。
真っ黒ずくめのおばあさんが登場した辺りで、全体のストーリーを構想して、粗筋もこの頃に書いてみたのだと思う。まあ、それにしたって、もうはっきりとは覚えてなんかいないんだけど。

あとはもう、登場人物たちの言いなりになって話を書き進めるだけ。特に、真っ黒ずくめのおばあさん(=リンガリンガのおばばさま=魔女)の力が強くて、もうホント、このお話はおばばさまの言うとおりに書いた感じだった。
子供たち二人の魅力にも助けられて、主役二人の影がちょっと薄かったような気もするけど、まあ、全体としてはそれなりにバランスが取れていたようにも思うし、何だかこういうお話が気に入ってしまったのだ。

今一つ、続編の形がはっきりして来ないのだけど、うーん、また何も考えないで書き始めてしまおうかな、とも思う淡波なのです。盛り込むべき内容はもう決まってるんだし、ね。

では!

iPad mini4の調子は?

もうね、因縁なんてどうでもいいや。快適。ひたすら快適。さよなら、iPod touch。

と、言うわけにもいかないのだ。やっぱり大きいもの。ポケットに入れておいて、ちょこっと出してSNSを確認したり、LINEで電話を掛けたり、という用途には、ポケットに入らないサイズの端末は向かなかった。当然だ。Podcastや音楽を聴くのも、iPad miniよりiPod touchの方が快適だし、ね。

では、これは良かったぞ、という使い勝手はどんなもの?

まずは作曲に愛用しているMusic Studioから。

・作曲するときの効率が大きく上がった!
同時に見えるトラックの数が全然違うから、全体の構造を把握しやすいし、調整もやりやすい。

トラック表示画面:iPad mini
トラック表示画面:iPad mini
トラック表示画面:iPod touch
トラック表示画面:iPod touch

 

・キーボードが大きいから入力しやすい!
Music Studioは画面のサイズが自在に拡大縮小できるから、常に最適な大きさにスケールして使える。iPad miniの画面なら、二オクターブ半くらい表示できる。これだけあれば、大抵のフレーズは収まる。もう少し大きく表示すれば、コード弾きだってそこそこ出来てしまう。

キーボード:iPad mini
キーボード:iPad mini

 

これまでは、収まる範囲のフレーズだけ引いて、付け足し付け足ししていく必要があったのだ。

キーボード:iPod touch
キーボード:iPod touch

 

キーボード表示は2段にも出来るんだけど、iPod touchだと指同士がぶつかってしまって、あまりメリットを感じなかった。これもiPad miniのサイズなら、充分に実用的。

iPad miniならキーボードを2段にしても充分な大きさ
iPad miniならキーボードを2段にしても充分な大きさ

 

・何といっても一番恩恵を感じたのはピアノロールという編集画面の大きさだ!

この色の付いた四角が音符と同じで、横幅が広ければ長い音、色は音の強さ(紫は弱く、緑は強い)を示している。左にある鍵盤が音の高さ。
この画面上をドラッグして音符を選択し、音程・強さ・長さ・位置を調整するんだけど、今までは画面が小さかったから、細かい音譜を選択するにはいったん画面をかなり拡大して、編集する必要があった。でもそうすると、全体が見えないし、再生するとすぐにスクロールされて音符が見えなくなってしまっていた。画面が大きいと、拡大させ過ぎる必要もないし、再生で画面が動いても音符を追っかけやすい。と、まあ、いいことずくしだった。

ピアノロール:iPod touch
ピアノロール:iPod touch
ピアノロール:iPad mini
ピアノロール:iPad mini

 

さて、次。大事なのは執筆環境だ。

Plain Text2の画面比較をどうぞ。

iPod touch:縦位置での全体表示
iPod touch:縦位置全体表示

 

iPod touch:横位置での入力画面。四行しか見えない
iPod touch:横位置入力画面。四行しか見えない

 

iPod touch:横位置で変換候補を出すと、入力中の文章は見えなくなる。
iPod touch:横位置で変換候補を出すと、入力中の文章は見えなくなる。

 

では、iPad miniを。

iPad mini:広い!
iPad mini:広い!

(これ、最初に電車で書いてたバージョンなので、公開版とはちょっと違いますねえ)

iPad mini:前後関係が充分つかめる
iPad mini:前後関係が充分つかめる

 

iPad mini:入力中の文章はちゃんと見えてる
iPad mini:変換候補がたくさん表示されていても、入力中の文章はちゃんと見えてる

 

まあ、画面が大きいのだから全て当然のことなんだけどね、やっぱり実際に使ってみると、その違いは大きいなあ。

指紋認証も世間で聞くような「いまいち」とは思わない。ちゃんと指を当てれば、認証できないことは今まで一回もなかったし、これはとても便利。

カメラの解像度が8Mピクセルに上がってるのも相当ポイント高かった。(iPod touch 5thは5M)
しかもレンズ周りの性能もいいようで、3Mピクセルの違い以上に撮ったものはきれいになっている。特に、僕は新聞のスクラップを頻繁に撮るのだけど、今までは数段までしかキャプチャ出来なかった記事が、大抵のものは記事全体をキャプチャしてもちゃんと読めるものになる。これは相当助かったなあ。(お奨めアプリはGenius Scan。パース補正に明るさ自動補正〜二値化、ページにして整理するところまで一括で出来る。まあ古くからあるアプリだから、最近はもっと良いものがあるかもしれないけど)

お絵描き系のアプリも、これから使うのが楽しみ。
デメリットと言えば、やっぱり重いことかな。iPod touchはたった88gだったから、もう、持っていることを忘れるくらい軽かった。どんな姿勢で持っていても重さを感じることはなかったし、イヤフォンのケーブルを挿したままぶらーんとぶら下げてケーブルの捩れを直せたり、落としても画面が割れることもなかった。(だから、iPod touchはケースもカバーもなしで使っている)iPad miniは落としてしまえば壊れてしまうだろうから──まあ、落とさないとは思うけど──Smart Coverを付けている。これ、70gくらいあるみたいで、感覚的にはカバーだけどtouchの重さくらいあるという……。

寝転がって頭上に持つと、iPad miniは結構重い。長い時間は使っていられないしね。

なんだかまたつまらない記事を長々と書いてしまった……反省。

では、また明日も更新できますように……。

ニッチな、とてもニッチな層向けのお話ですがね。

はい、ちょっと開きましたが、それでは《公募に出しました記事》の続きです。

最近は、星新一賞のようにデータで応募できるものが増えてるのかな?
僕はほとんど応募経験がないのでよく分からないのだけど、今後Macでウェブ応募する人の参考になりそうなことがあったかもしれないのだ。
というお話。

星新一賞では、応募可能なフォーマットは「ワード」「RTF(リッチテキスト・フォーマット」「テキスト」だったかと思う。縦書き・横書きは自由。もちろん、僕の愛用するHagoromo形式はNGだ。

僕はいつも小説を書くとき、できるだけ完成した書籍のイメージに近い環境でやっている。縦書きで、フォントはもちろん明朝体。行間にも気を使うし、紙の色もちょっと暗めにしたりする。まあ、これは目が疲れにくいってのもあるけどね。

これがオリジナルの表示状態。この見栄えのまま執筆している。
オリジナルの表示状態。この見栄えで執筆。(アレの応募作ではありません!)

 

さて、今回もHagoromoを使って完成イメージに近い状態で書き進めたわけなんだけど、応募するためのファイルに書き出す段階で、ハタと立ち止まったのだ。
自分が見ているこの状態に近い見かけで入稿したいと思っても、所詮、世間はWindowsが標準だ。Windowsのワード(&標準フォントに標準設定)で書いた小説をワード形式で応募するなら、まあほぼほぼ誰の原稿でも同じような見かけになるかもしれないけど、Macの場合はそういうわけにはいかない。

せっかくのWYSIWYG環境(なんて懐かしい言葉だろう!)も、プラットホームが異なればまるで役には立たない。

RTFは書式を保ってくれるんだったよな、と思い、ちょっと書き出してみる。
それをHagoromoで読み込んでみた。結果は下記の通り。

・ルビ:再現不可
・行揃え:再現された
・文字サイズ:再現不可(妙に大きくなっていて読みづらい。どこかの設定だけが生きてしまうのだろう)
・縦中横:再現不可
・圏点:再現不可
・文字飾り:太字は再現された(他は未使用)

次にiText proで読み込んでみる。
上記に加え、縦書きも再現不可だった。これは意外。用紙も横位置で、これは読みづらい。

次、ダブルクリックして、Mac標準のText Editで開く。うむ、意外に近い。今度は字が小さくて文字数が多めになる。一行も長いし、これも読みづらいな。
(ちなみに、ルビありで書いた文書を書き出したrtfは、Text Editで開くことがが出来なかった)
フォントはいずれの場合もきれいな明朝が保持されているけど。

そうそう、一応、Macのワープロといえば、Pagesもある。あはは、読み込むことすらできなかった。RTFには対応していないのだった……。

次だ。
ワードで読まれるケースが多いのではないかと思い、Libre Officeで読み込んでみた。iText proと同様の状況。

続いてOpen Office。こいつにの明朝体は信じられないくらい読みづらい書体だった。

Open Officeだと書体がこんなことに
Open Officeだと表示がこんなことに

 

元々の書体設定は「ヒラギノ明朝プロ」。それが、Open Officeでは「Hiramin Pro」と表示されている。略称だよな、同じ書体の筈だよな、と思いつつも、信じられないほど汚い。文字間と行間がベタ組みになってしまい、こんな表示では絶対に読みたくない! って強烈に思わせるものだったんだな……。
きっと、Microsoft互換のための処置なんだろうなと思いつつ、うむむ、これはかなりリスキーじゃないかと考え直したのだ。
RTFで出したところで、それがWindowsのワードで開かれたときにどんな風に見えるのか、全然分からないのだからね。きっと、ワード上もしくはワードからプリントされた紙で読まれるのだろうし。

結局のところ僕は、縦書きすら諦めることにした。何の設定もない、改ページも文字寄せもない、プレインテキストでデータを提出することに決めたのだ。

EPUBで出せればいいのになあ〜と思いつつ、それはそれで後のデータ流用が大変だし、印刷もね……とも思うわけで。

まあ、そんな当たり前のところにたどり着くまでに時間がかかったという、アホなお話なんだけど。

結論を言うと、
「Macで執筆しているあなた、文学賞にデータで応募するときは、プレインテキストが良いんじゃないかと思いますよ」
と、いうことでした。

では、この記事がいつか誰かの役に立ちますように!
(立たないだろうなあ)

『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』の今後

たくさんの方にお楽しみ頂けて、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
今後、この作品がどうなっていくのかを、ざっくり書かせていただきますね。

・Kindle Storeでの発売は、11月1日頃を予定しています。
《11/2追記:ようやく電子書籍化の編集に手を付け始めました。発売予定は大幅に遅れ、12/6頃の予定に変更します。これからテーマ曲をちゃんと作って、発売までにはサントラを完成させていたいなあと思いつつ。また、同時に『ルルルとリリリ』の連載を開始できるよう、何とか頑張ろうというところです。》

内容に手を入れるつもりはありませんので、連載と同じ内容です。もちろん、誤字脱字があれば修正しますよ。
できれば発売と同時に無料キャンペーンを行ない、愛読してくださった方が無料で入手できるようにしたいと思います。それから、最初の2週間は低価格で、その後、定価にするという3段階で考えています。
また、最初の90日間はKDPセレクトに登録し、その後、各種ストアに展開します。

・上記の関係もあり、まとめ読みページ(最終話まで追加しましたよ!)に置いてあるファイルは、いずれも10月12日までで消えることになります。その代わりとして、第五話まで入れた試し読みバージョンを用意します。(連載のBiB/i版も同様です)

・絵本版については、まったく進行していません。時間が掛かるかも。大人語翻訳版についても同様で……。
《11/2追記:これ、ムリじゃないか? と考え始めているところ……頑張れ淡波!という声があればなあ》

・BGMについては、近々『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさんのテーマ』を録音する予定です。ほぼほぼ内容は固まっているので、あとは作業に移すだけ、です(それが時間掛かるんじゃないの?)
本当はPVを作る計画だったのですが、これは諦めざるを得なさそうです。どうにも時間が取れなくて。とほほ。
他にはインスト曲を幾つか作ります。まだメモ程度のレベルですが、
『歩いて行こう』『やどやの夜』『うそつき裁判』『家路』……などなど、予定していますよ!
《11/2追記:これはやります。ええ、やりますとも。やりますやります、嘘じゃないっす》

そして、気になる続編ですが──
(え、誰も気にならないって?)
エビネルさんの執筆中からだいたいの枠組みは出来ていて、もう少し詰めたら書き始められます。仮タイトルは『ルルルとリリリ』。そう、あの二人が主役です。
そしてもう一つ、『やさしい北の魔女とわがままな南の王様』という物語も構想中。このお話、三部作になるかもしれません。『ルルルとリリリ』の内容を考えながら、どうも魔女と王様のエピソードは同じお話に入れられそうもないんじゃないか、と思い、分けようかと思っているところ。うまくまとめられれば、分けないかもしれませんが。

これらのお話もきっと、本ブログで連載させていただくことになると思いますので、その時はまた宜しくお願いしますねっ。
《11/2追記:大丈夫です。ちゃんと書きます。ええ、書きますって。書きます書きます、嘘じゃないっす》

大風呂敷広げちゃったかな〜、と思いつつ。
《11/2追記:どきっ》

ではまた!

フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん 最終話

終わってみれば本当に短いもので、四十五日間があっという間に過ぎてしまいました。
皆さんの心に少しでも何かを残すことができたら幸いなのですが──。

今まで読んでくださって、本当にどうもありがとうございす。皆様のリツイートやお気に入りが勇気づけてくれました。続けることができたのも皆さんのおかげです。
──たびたび感想を寄せてくださったあなたへ、
 「感謝の気持ちでいっぱいです! 続けさせてくれてありがとうございました!」

実は、結構甘く見ていたんですよね、この連載。
始まる前にほぼ書き終わっていましたし、あとは分けて書き出して、ブログに載せるだけ、なんて考えていました。
ところが始めてみると、いろいろなことが起こりましたね。

・BiB/iが再生できない環境が結構ある!
 これはPDF版を用意して(一応)解決しました。
 BiB/iについては、作者の松島智さんにもいろいろとアドバイスいただき、大変お世話になりました。この場を借りて、御礼させていただきます。本当にありがとうございました。

・公開しようとしたら、誤字脱字が!
 執筆時にもよく見ていた積りなのですが、ブログに載せて公開しようとして読み直したら気がついて、ということが何度もありました。
 公開後にもご指摘を受けて直したり、ということもありました。

・PDFが壊れてる!
 理由は分からずじまいでしたが、行の半分が欠けていたり、おかしな表示で書き出されていることが時々ありました。恐らくは印刷設定の余白が悪さをしていたのだろうと思いますが、気づいて直して、で、何とか乗り切りました。

・BGMが全然間に合わない!
 これは途中で思いついたので仕方ないのですが、読書シーンにあったBGMを提供しようなんてのは無理がありました。始めはテーマ曲と劇中歌だけのつもりだったので。あ、テーマ曲、まだですね。これについては、追ってお知らせします。

いろいろありましたが初めての経験でしたから、とてもいい勉強になりました。

前置きはこのへんにして、最終話が始まりますぞ!
(ね、ちゃんと、安心して読み聞かせできるお話だったでしょ!?)

Amazon Kindle Storeでの発売のため、連載データの掲載は終了しました。こちらは第七話までの試し読みとなります。

『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』試し読み

BiB/i表示に不具合があるかたへ:
『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』試し読み《PDF版》はこちらです。

明日は、今後の展開について少々書きますね。

淡波亮作の作り方