詩?

どうしようもなく散文だ
美しさに憧れるだけの

垂れ流すその言葉を
見抜かれぬとでも

詩でないのなら
詩の真似をした
ただの行進だ

行間には
何もない

真似ごとなら
止めておけばいいのに

私は
指を滑らせ続ける

短い言葉を改行しただけ
どうしようもない散文だ

物語のない
からっぽの散文だ

誰が気に留めるだろう
心を揺らすものはいまい

心の中から染み出してきただけの
もしくは

ただ
指がキーボードの上を
滑っただけの

それを詩とは呼べまい

それでも私は

綴らずにいられない

私はただ

自分のためだけに
書き留め続けるのだ

それだけが
自分の心の中に
沈んでいる何かと

正体の解らない何かと

向き合う方法なのだ

たったひとつの
方法なのだ

で、どうして最近の淡波は詩ばっかりなのか? -2

《前向きなほうの(?)理由》
そうやって公開したそれらの詩は、ちゃんといつものアベレージ程度のビュー数を稼いでくれた。ちゃんと、一見さんを招き入れてくれていた。
しかも、これは《日々の何となく》を書いただけの記事じゃなく、これを気に入ってくれれば小説作品の購読にも繋がるかもしれない記事だ。

これは、ひょっとして一石二鳥なんじゃないか?
そう思ったとしても不思議はない。

そう、僕は気が付いた。
これは、作品だ、と。

《詩》といっても、多くは歌を書こうと思って途中まで書いた歌詞だったりして、《詩》を書こうと思って書いたものはあまりなかった。
だんだんそのストックも減ってくると、新しい記事を書く必要性が生じていた。

そうだ、じゃあ新しい詩を書こう。そう思った。どんなにまともな状態の思考ができないくたびれた脳味噌であっても、詩なら書ける。
詩は、頭で書くんじゃない。心で書くのだ。心さえ健全であれば、自分らしい詩が書ける。

寝ていなくたって、倒れそうだって、書ける。
そんな自信があった。
心の奥から染み出してくるいろんな感情を、言葉を、僕は吐き出し続けた。

書き直しも見直しもしない。溢れ出てきたものを書き留めるだけだ。ロジカルである必要も、起承転結を考える必要も、誰かに喜んでもらえるか、役に立つかを考える必要もなかった。

詩は、僕であり、作品であり、排泄物だ。

これまで、セルフ作家の方達が読んで役に立ちそうな記事を書こうと努めてきた。でも、それが本当に誰かの役に立つかどうかは分からないし、少なくとも自分の作品を《一般の読者に》広める役には立たなさそうだ(立っているのかもしれないけど)。

もっと、自分の作品を読んでもらいたい。
これが本音だ。当然だ。そしてそのための方法が、一つ増えたのかもしれないと思った。

《もう一つ》
このブログの読者は、半数以上は検索から来ている。固定読者は案外少ない。
しかも、その多くはCG関連、Mac関連、iOS関連の検索語だったりする。小説関連の検索語で来る人はまれだ。
(でも『山彦』で検索してくるひとが結構いるんだ!)
そんな人たちが僕の作品に眼を留める切っ掛けになるのは、やっぱりこの場所に載せた作品なのだと思う。それも、短くて読みやすい作品。

一つの答えが『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』だったわけだけど、《詩》というのが一つの選択肢としてあってもいいんじゃないかと、今は思う。
まあ、詩ってとてもニッチで、興味のない人が大半じゃあないかとは思うけどね。それでも、検索してきたサイトに変な詩が載ってて、それが短くて読みやすければ、ひょっとしたらちょっとだけ読んでくれるかもしれない。
これが、セルフ作家オンリー向けのノウハウ記事だったら、どうだろう?
今月のKENPCがどうだとか、さ。
もちろんそれも重要だし、やめるつもりも全然ない。少しでもセルフ作家さん(=仲間!)の役に立つ記事が提供できれば、それはとても嬉しいことだし。

でもね、少しだけ、自分の作品に眼を留めてもらうための小さな作品を、載せる機会を増やそうかな、なんて思ったりもする訳で。

今後も、詩や小品を載せていこう。と思う淡波でした。

じゃ、また!

で、どうして最近の淡波は詩ばっかりなのか? -1

前向きな理由と後ろ向き(?)な理由が一つずつ。

《前向きでないほうの理由》
本業が忙しすぎて、いつも脳味噌のどこかが死んでいた。とてもじゃないけれど、論理的な思考なんか、できる状態ではなかった。
そこそこ書き進めている長編の続きを書くのであれば、まあそんな状態でもなんとか書けたかもしれないけれど、まだ書き始めたばかりの話じゃあどうにもならない。これからどんどんイマジネーションを広げながら前後の脈絡やエピソードのつながりなんかを考えて、と思うと、こんな肉体と精神の状態で小説の執筆は無理だった。
それでは普通のブログ記事ならどうなんだ、というと、これまた意外に論理的な思考が必要なのだ。僕は記事を書くとき、何度も何度も読み返して書き直している。たった千字の記事を書くのに2時間もかかったりすることがしょっちゅうある。

せっかく毎日更新を続けて来たんだから、このまま続けたい。仕事が忙しいとか、言い訳したくない。
そこで考えた。働かない頭で。

苦し紛れにある日、書きためていた詩の1篇を載せてみた。当然、過去に書いた《出来上がった作品》なんだから、もう書き直す必要はない。
DropBoxに保管してあるテキストファイルを開いてコピーし、Wordpressにペースト。公開設定をして自動ツイートを書き込めばオッケーだ。これを、書き溜めていた最後の普通の記事を載せる前の日に、載せてみた。

それからあっという間にまた2日が経って予約投稿した記事はなくなり、いよいよ諦める時が迫っていた。もうダメかな、と思い、こんなことを呟いた。

そうしてまた、苦し紛れに詩をコピペした。それから、たまたまDropBoxに放り込んであった過去に書いた文章を載せてみた。
→これは、悪い記事じゃないと思うよ。ちょっと湿っぽくて青臭いかもしれないけど、セルフ作家さんやクリエイターさんを勇気づけてくれる言葉だから。

どちらにしても、その週はまともな記事を書くだけの余裕が脳味噌になかった。徹夜、泊まり込みの連続で、週に2度しか家に帰らないような生活だったのだ。土日も全く休めなかった。電車に乗っている時間にブログの更新を1週間分仕込まなければ、毎日の継続が途切れてしまう。
僕はコピペした。過去、書き貯めてあった詩を、どんどんコピペした。

<明日へ続く>

猫になりたい──3

お腹がこんなにたぷたぷしていても
めやにはなくそたっぷりたまっていても

生まれてこのかた
一度もお風呂にはいっていなくても

一日、何もしないで転がっていても
食べたい分だけ食べて放っておいても

好きなときに好きなように鳴いても
トイレの砂をぐちゃぐちゃに散らかしても

障子をびりびりに破っても
カーテンをびりびりに破っても
ソファをばりばりに破っても
柱や扉にぎりぎりと傷を付けても

じゅうたんを毛だらけにしても
一張羅を毛だらけにしても

撫でられて嫌な顔をしても
おいでと言われて逃げても

爪を立ててちょっとした怪我をさせてしまっても
花瓶を倒してじゅうたんを水浸しにさせてしまっても

もしわたしが猫だったら、
誰にも叱られることはない

もしわたしが猫だったら、
何も気にせず

ただ愛されて

幸せな日々を過ごせるのに




お茶の間のアイドル、ネコのミーム。人気はCMに始まり、ミームをあしらったチョコレートは飛ぶように売れ、テレビもネットも可愛いネコで溢れていた。さらにどういうわけか、時を同じくしてハリウッドからはネコが主役の映画が同時に2本も届けられた。世界は、ネコの一大ブームに沸いていたのだ。
降って湧いたネコブームに乗り、俺の会社もついにネコ業界へと乗り出したらしい。街を散歩する犬の姿が眼につかなくなった頃、世界の歯車は、大きく狂い始めたのだった。

猫になりたい──2

ごろごろごろおん

ぼやー

のっそりのそのそ
ふぁああああっ

きっ
しゅたたたたたたっ
さささ

とんっ

ぺし
とすとす

ふにゃああ
しゃっしゃっしゃっ
ちゃっちゃっちゃっ

ぽて

ぐるん

ぐるんぐるん

ごろごろごろおん




お茶の間のアイドル、ネコのミーム。人気はCMに始まり、ミームをあしらったチョコレートは飛ぶように売れ、テレビもネットも可愛いネコで溢れていた。さらにどういうわけか、時を同じくしてハリウッドからはネコが主役の映画が同時に2本も届けられた。世界は、ネコの一大ブームに沸いていたのだ。
降って湧いたネコブームに乗り、俺の会社もついにネコ業界へと乗り出したらしい。街を散歩する犬の姿が眼につかなくなった頃、世界の歯車は、大きく狂い始めたのだった。

ほんとうに世の中には

ほんとうに
世の中には

ヒルやダニのような人間がいた
ヒルやダニに失礼なのだけれど

どうして
そんな人生に耐えられるのか

自分のものではないものを
笑いながら壊し
奪ってゆく

あなたは
心から微笑むことはあるのか

あなたは今
勝ったと思っているのだろう

あなたは今
ちょろかったと笑っているのだろう

あなたを許せない気持ちは
やがて薄れていくだろう

あなたの心の中に溜まり続ける醜い膿は
決して洗い流されることはないのだ

もしもこの先
心から
幸せにしたいと思う誰かが現れたとき
あなたの足下にはその膿が絡みつき
あなたが軽やかに
飛ぶことを許さないだろう

私はあなたをいつか許すけれど
あなたの足下の膿は
溶けることなく薄まることなく
あなたを縛り続けるだろう

あなたがそうやって誰かの血を
耐え難いほど醜い唇で
吸い続ける限り

私ではない誰かが
あなたを許さない限り

数えきれない誰かが
あなたを許さない限り

それでもあなたは
幸せを感じることがあるのだろうか

その人生は
生きるに値するものなのだろうか

欲望

威嚇
虚勢
恫喝

せめて
そんな人生のあり方に
憧れる若い魂のないことを

微笑みのない心に
勝ち負けという価値観に
憧れる若い魂のないことを




世界的な株価の暴落を一つのきっかけに、株式市場で”サタン”と呼ばれた男、貝塚剛は、そのあり余る資産を更に拡大させようとしていた。
貝塚の秘書になって三年目を迎えた牧村は、エスカレートする彼の欲望の引き起こす異常な争いに巻き込まれ、翻弄されていく……。

猫になりたい──1

猫になりたい

今すぐ猫に

今すぐ猫にしてくれるなら

僕の持ってるものを
全部あげるよ

マックも
キンドルも
このiPadも
クルマも
ギターも
家も
貯金通帳も

だから、
今すぐ猫にしておくれよ

見栄も嘘もお金も責任も
みんなあげるから

ねえ
猫にしておくれよ

小さな戦い

春先になるといつも
伸び始めたヤブガラシのツルを見て思う

今のうちにすっかり始末すれば
来年は少し楽になるのではないかと

初夏になるといつも
じゃんじゃん葉を増やしている姿を横目に

さあ、そろそろ始めなくては、
と思う

夏の盛りが訪れると
小さな丸い蕾の連なりを見て
淡いオレンジ色の塊に
マメコガネが群がっているのを見て

今のうちにやらなくては、
と思う

夏が過ぎると
さあ、もう外での作業もキツくないぞ
と思う

と思う間に、
日々は飛んで過ぎてゆく

秋が深まり
青い空が高さを増している

今年はとうとう
実をつけさせてしまった

茶色がかった緑の実が
無数の実が
つやつやと
勝利のメロディを奏でている

このままでは種が落ち
来年は深刻な悪影響が出るだろうと
頭を抱える

それでも、
そうやって私は庭を見ている

もし、
このままでいたとしたら、
来年は
目の前がヤブガラシで満たされてしまうのだろうか

心の中で私は
頭を抱えるポーズを取ってみる

いや、
それはあるまい

私は自分に答えてみる

誰も手を入れることのない荒地も
ヤブガラシだけで満ち溢れていることはない

さまざまな植物がせめぎ合って

我が土地を
我が陽射しを

勝ち取ろうとしている

私はただ敗残者として

彼らの小さな戦いを
見つめているだけなのだ

 


戦いの勝者は誰?
『奇想短編集 そののちの世界 4 フローラ』
答えはここに?

それは詩じゃない?

“こんなん詩じゃないだろ”

そう
思われている

そう
言われている

あるとき、
高名な詩人の朱入り原稿を見た

ほとんどの言葉を
幾度となく書き直してあった

それがほんとうに
心の奥底から
浸み出してきたものであるなら

そうまでして
言葉を選びなおす必要が
どこに存在するのか

そうやって
紡ぎ直した言葉の
どこに心が存在するのか

私には自信がない

技術を凝らせば
もっと整った
もっと見栄えのいい
もっと文学的に感じる文章に

きっと
練り上げることができるだろう

もっと簡潔に
もっと美しく
もっと読者を悩ませる文章に

きっと
練り上げることができるだろう

私には
それはできない

それが
私だ

『ケプラーズ5213』作品ページを更新

知っている人は知っている、絵師の禅之助さんが描いてくださっていたファンアートが先週完成しました。こちらの作品ページに掲載させていただくと共に、最近の読者さん情報を加え、更新しました。

禅之助さんのツイートを、少しまとめさせていただきますね。

まずはこちらの《ためし書き》。
迫力ありますね!(読者の皆さんは、どのシーンか分かりますよね!?)


(↑こちらは実現しなかったようです。笑)

 
色塗り開始以降の作品は、作品ページでご覧ください!

お越しを待ってます!


淡波亮作の作り方