ども。
今週も、ここからスタートです。
1.
時間とはいのちなのです。そしていのちは心の中に宿っているのです。そして、人間がそれを節約しようとすればするほど、ますますいのちはやせ細っていくのです。 『モモ』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月7日
2.
芸術やポエジーは世界を説明しません。それらは世界を表現するのです。芸術やポエジーはそのもの自体を越えて指し示すものを必要としない。それらそのものが目的なのです。良い詩とは世界をよりよくするためにあるのではありません。その詩そのものが、よりよき世界の破片なのです。『だれでもない庭』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月8日
意識して集めているわけではないのだけれど、保存されたツイートをつらつらと順番に見ていて、スッと通り過ぎることが出来ないのだ。これは、いつでも思い出しておきたいものだから。
3.
いつも予め結果を知りたがる人は、決して、精神と生の、真の冒険に身をゆだねることができません。人は、いわば闇の中へ墜落し、その後、そこで会得した別の編成を整えて、自力で、独立独歩、創造的に前進すべきなのです。 『ファンタジー神話と現代』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月7日
4.
虚しい、と決めつけない。
徒労も時には重要な、
人生の構成要素。 pic.twitter.com/vNtVFBCx45— 淡波亮作@ルルルとリリリ完結! (@RyoAwa) 2015年2月11日
たまにはこういう自分のも、ね。
5.
優れた芸術、優れた文学、優れた音楽…これに触れて、触れて、触れぬくことによって「質」の知覚が生まれます。「質」と「質」との微妙な差異を感じ分ける力も、人間の中に目覚めさせ、磨き上げることができます。 『エンデと語る』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月11日
もはやエンデボットになっている……。
6.
このままの調子でいくとすれば、程度の差はあれ私たちは、機能は完璧だけれど、本質を全く欠いた世界に、着陸するのです。ハックスリーの描いたような、「素晴らしい新世界」に、です。 『芸術と政治をめぐる対話』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月12日
いい言葉はいい。残しておきたい言葉は残しておきたい。
7.
自分に厳しいという自覚が、
時に自分を甘やかす。
まだまだ温い。— 淡波亮作@ルルルとリリリ完結! (@RyoAwa) 2015年2月13日
痛い。
8.
自然に対して畏敬の念を持って問いを発したなら、やはり畏敬と尊敬から生まれる答えを自然は返してきます。けれども、私が自然界に歩み寄って、まるで金庫の鍵をグッと開けるようなやり方で対したなら、結果として犯罪的な答えが返ってきます。 『三つの鏡』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月15日
9.
環境問題を解決するには、私たちが自然を、どこまでも経済的・実用的観点で考えている限りは、解けないでしょう。たとえば、アマゾンの熱帯原生林を破壊するなと言っても、それが単に地球の気候を守るためだけの意識だったら絶対駄目です。 『三つの鏡』
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月15日
考えさせられる。
注目できるのは、世界中の独裁者がファンタジー文学や想像力を敵視したという事実です。彼らはファンタジーの中に、何かアナーキーなものが隠れていると感じたんです。こうしたことからもファンタジーは、人間が持っている創造的な力ということができると思います。 「現代文明とファンタジー」
— ミヒャエル・エンデ (@Michael_Ende_jp) 2015年2月18日
最後もエンデで締め。
創造的な力を!
アナーキーな力を!
今晩はここまで!