タグ別アーカイブ: KDP

残しておきたいツイート─025

今日はちょっと特別なんだよ。
何かって言うとね、、

これさ!
500th

けっこう頑張ってたくさん書いているような気もしてるけどたった500回。されど500回。1000回を目指して頑張んなきゃねー。

では、本題に入ろう!

本日はここから。

1.

こうやって時々、CGって大変なんだぜってつぶやいたりするんだけど、逆に便利なところはものすごく便利なんですよね。今日の500回記念の絵だって、1周年記念のデータを再利用。文字を打ち替えてろうそくを増やして動かして、あとはレンダリングボタンを押すだけ。Blenderのシーンデータの中に後処理も埋込んであるから、周囲を暗くしたりソフトフォーカスをかませたり、ちょい歪ませたりとか、何もしなくても自動的に出来ちゃう。これ、フォトショとかだと全部やり直しですからね。
いやあ、便利便利。

何のことだか分からないと淋しいので、《使用前・使用後》のGIFをお一つ。

(ちょっとスペシャル感が出てる気がする──)
(ちょっとスペシャル感が出てる気がする──)

はい、次。

2.

海外の電子本は安いよね、って話。
どうなんでしょ? 大手出版社の電子本がこのくらい安くなっちゃうと、セルフ出版の本は見向きもされなくなる?
いや、そんなことはないんじゃないかなあ。逆に読者の目が電子本に本格的に向くようになれば、セルフ出版の本も(面白ければ!)読むようになるのが自然なんじゃないのか。そもそも、そんな区別はどんどん意味がなくなっていくだろうし。

3.

最近ね、時々言われますよね、雇用を増やすのに移民はどうかって。
悪くないんじゃないかと。文化的な意味でも、多様な人種が入ってくれば、日本人以外の人と接することが当たり前になって、多様な文化が触れ合い、新しいものを生み出す原動力になるんじゃないかって!

4.

ストーリーを回すためだけに、登場人物を勝手に振る舞わせるのは良くないと思った小説があったんですよね、この時。
そう、思いません?
登場人物はその小説の中の世界に生きていて、作家はその言動を追っていくもの。勝手にいろいろさせると、人格が破綻しちゃうんだから──

5.

そうなんですよねー。確かに、知ってもらうために無料でDLしてもらうってのはとても重要なんだけど、ただ、積まれるだけという可能性も大きくて。それでも、それを久し振りに崩して読むということもあり、持ってなければ読めないんだしね。

6.

ちょっと季節感が微妙だけど、せっかく500回記念なので、きれいな写真も貼っておこうかなぁと。

7.

も一つ。

8.

(大先輩のおツイートをお一つ……)
これはとっても大きなこと。なかなか難しいこと。必要なこと。

9.

藤崎ほつまさんが時々このツイートを取り上げてくださってたんだけど、一箇所文字化けがあって気になってた。今回、自分のツイートを掘り出してみて納得。「〜」だったのね。環境依存文字なんだな、これ。僕はMacで藤崎さんはWin。テキストをコピペすると文字コードの関係かなんかで化けちゃうんだ……。

10.

この頃はまだいわゆる常時無料本が一冊もなかった淡波です。
今では、『壁色のパステル』『さよなら、ロボット』『孤独の王 第一部』『そののちの世界 1、5、6』の6冊がプライスマッチを利用して無料になっています。
未読の方、是非どうぞ。
中でも『そののちの世界 6 段ボール箱の中の人形』は、入門編として丁度いいですよー!
(Amazonへのリンクは右上のほうにありますんでっ)

では、今晩はこれまで。

今後とも宜しくですー!

これは売れる。

ヘリベマルヲさんが新作『悪魔とドライヴ』を出す。Amazonでは既に予約が始まっていて、僕もポチッとした。
読みたい。
KDP、個人出版に関係している人間なら、これは興味を持たずにいられない。

あれだけのクオリティのものを多数出している作家が、「これまでに書いたものはゴミ以下だ」と公言してはばからない。
その作家が何年か振りに渾身の新作を出すというのだ。
そして、何人ものインディーズ作家に声を掛けて出版前に念入りに推敲し、たたき上げたもの。傑作との呼び声も高い。

残念ながら僕はその試み(「悪ドラ会」というらしい)に参加することは出来なかった。本名でしかFBアカウントを持っていなかったし。持っていたとしても声が掛かったかどうかは分からない。ここ半年くらい、ちょっと距離を取っていたしね。
でも、仕組みとして興味があるし、僕がやりたかったようなことにも通じている。

文法警察(命名は牛野小雪さんによる掌編)などと言っておせっかい校正をしてたことがあった。でも、どこまで踏み込んでいいのかバランスが掴めず、やっていたのは半端な誤字脱字指摘に過ぎなかった。構造の話はほとんどしなかった。気を悪くされるかもしれないとびびっていたのだ。特に、僕みたいは書きっ放しタイプからそういう話が出るのは……と。
本当はもっと深い部分を目指して相互校正の仕組みまで持っていきたいという気持ちはあったのだけど。

ヘリベさんが相互推敲まで踏み込むとは!
正直、意外だったし、凄いと思う。頭が下がる。いいものを生み出したいという真摯な思いに。

個人出版の質をアップするための仕組みを考えているけれど云々という記事を他の方のブログで目にしたこともある。

一人で頑張っているけれど、頑張り続けることにある意味限界を感じることがある。何らかの相互扶助の仕組みが、インディーズ作家同士で作れたら、それは素晴らしい。いや、ヘリベさんは一人でそれを作り、実行したんだ。
素晴らしいじゃないか!

群雛に書いたり、コンテストに出したりすると、批評やアドバイスを貰えることがある。それはそれでとってもありがたいし、一人だけで書いている時とは全く違うことになる。でもそれは、あくまでも書き終わったものに対して外の目が入るということ。
今回の試みが持つ意味は、果てしなく大きい。

『悪魔とドライヴ』は、早くもAmazonのランキングを駆け上がっているらしい。

これは売れると思うし、インディーズ出版界の一つの大きな現象になる。
(ただし、まだ内容については何も知らないし、ノーコメントだ)

何はともあれ、早く読みたい!

変な名前の効用

ある小説を読んでいて、突然、腑に落ちたんだ。腹に、ストンとね。

何のことかと言うと、小説に出てくる登場人物の名前。
メジャー、インディーズを問わず、小説には変な名前の登場人物が多い。僕は今までそういう名前に違和感を持っていた。
「どうしてこんな変な名前なの? 作者、ふざけてんのかなぁ」
「ちゃんとした名前くらい考えてよ」
「これ、コメディーなん?」
などど思っていた。

でも、ある時、いきなり理解したのだ。
(おせーよ、の声が聴こえる……)

「これ、読者がめっちゃ覚えやすいじゃん。登場人物の書き分けがスムーズじゃん」って。
僕が普段付けている普通の名前だと、同時に同性が三人以上登場したりするともう、カオスだ。
(あ、もちろんそれは力不足という根本的な問題もあるけど、ね)

《痩せてるのが鈴木、太ってるのが山田、意地悪そうなのが佐藤》なんて付けた日にゃあ、次に登場したシーンでは誰が誰だか分からなくなってしまう。よほどきちんと(しつこく)描写でもしておいて強い印象を残さないと、読者がついて来られないよね。

名前が変だと、描写されているイメージが強力に補完される。頭にこびりつく。
「臑噛竹子(すねかじり・たけこ)は、実はすごい美人なんだ」
「臑噛さんっ!」
なんて書いてあればもう、このヒロインのことを忘れることはないだろう。

「佐藤美和は、実はすごい美人なんだ」
と書いた後で、
田中陽子と鈴木芳美なんて出てきたら、
「あれ? 美人って書いてあったのは誰だっけ?」
ともなりかねない。

『吾輩は猫である』の苦沙弥先生なんていうのも、相当に変だよね。でも、それでパッと記憶に残る。ヤマアラシ、赤シャツ、なんかもそうだ。敢えてあだ名にすることで、人物の輪郭が際立つ。
いっぺんに厚みまで出せてしまうことすらある(かも?)。

まあ、《現実感がある》というのは大事なポイントなんだけど、特徴のある面白い名前ってのも、今後は考えていきたいよな。とじんわりした、最近の読書体験なのだった。

あ、もちろん、臑噛竹子は出しませんよ!

では、また明晩ッ!

この記事が、いつか誰かの役に立ちますように──!

いやあ、もう、ホントに懲りた!

去年に引き続き、今年も、というか年末からやりました。新刊ラッシュ。
去年は10冊連続だったけど、今年は5冊でちょっと控えめ。
ただ、文字数で言えば変わらなかったんだよなあ。一冊あたりが長くなったので。

正直、辛かった。かなり。
最初の2冊は順調だったけど。3冊目の『光を纏う女』の後半に入れた『瞳』から、ちょっとペースが狂ってきた。これは11月頃に書いたショートショートを短編として書き直したものなんだけど、思いのほか構成が難しくて、組立てに時間が掛かってしまった。
ちょっとビハインド気味だったけど、表紙を手抜きにすることで時間を浮かせて切り抜けた感じかな。
4冊目の『ガラスたちの永遠』。これも概ね順調に書けてたんだけど、年末に執筆時間がほとんど取れなかったことで、もう、ぎりぎり間に合った感じになった。表紙もアイデア一発でぱっと書いた手描きのイラストそのまま。あー恥ずかしい。
『ルルルとリリリ』の連載執筆も並行で進めてるしなあ。

で、昨日ぎりぎりのタイミングで出版した『太陽の子孫』が何しろ半端なく大変だった。もともと、100枚弱の中編を想定したストーリーだったんだけど、最初に書き終わったときに110枚。思ってたよりボリューミーだった。
それでもかなりジェットコースター的な展開で書いて、もう、肉付けなし、突っ走るだけ突っ走って、ガーッと読ませてズドンと終わるような感じにしてたんだよね。もう、余計な枝葉も一切なし。
(ど、どんな感じだよ、それ?)

書き終わって、いつものごとく妻に最初に読んで貰ったら……、もう、散々の評価。
まあ、アイデアとストーリーはいいけど、何しろ薄っぺら!
何しろ薄っぺら!
って。

エンタメに対して文学を求められてもなあ、という感覚もあるし、妻の好みは分かってるんだけどねえ。
やっぱりちょっと堪えた。ちょっと。
確かに最初のバージョンは、人間とか、心が全然書けていない。
いくらノンストップ・アクション的な物語でも、やっぱり薄っぺらいと言われるのは痛い。痛いッ!

で、いったん先週末にmobiファイルまで作ったんだけど、もう一度肉付けをやり直して、描くべきところを描いていったんだな。これ、平日にやるのは辛かった。いったん終わらせているから、読み直すと「ここを書き込めばもっと話に膨らみと深みが出るよな」ということが結構あからさまに分かってくる。
それで、書けば書くほど別の部分の書き足らなさが気になって、目に付いて、ね。

平日のほとんどは会社の行き帰りに電車でiPad執筆するしかないので、とにかく思いついた断片をどんどんテキストファイルに落としていって、気がつくとdropboxの中は書きかけのファイルでいっぱいに。
これを夜中にhagoromoに移しながら整えて……。を繰り返している間に、もう週末。土曜日はいろいろと忙しくて、落ち着いて書き始めたのが夕方近くになってからで。
うーん、自分としてはかなり良くなったと思っているんだけど、どうなんだろう。
長くした分、「説明的だ」「冗長だ」「無駄な要素が多い」「ストーリーに関係ない不要な描写が」etc, etc…
と思われてしまう懸念も、あると言えばあるんだよなあ。

それにしても、いやあ、本当によく間に合ったなあ(間に合ってない!)。
と、いうことで、現段階ではめでたしめでたし、ということにさせておいてねッ!

結局、出版後にもいくつか内容を見直して、今日、第二版(とは明記しなかったけど)をAmazonさんに提出したんだ。

とにかくね、こんなほとんど自虐みたいな締切り設定はもう止めよう。とつくづく思った、今回の新刊ラッシュ、だった。
次作までは、ちょっと開くかも──。

これでようやく、『ルルルとリリリ』の執筆に戻れる──来週以降の連載がやばいのだ!

あー、ごめんなさい。
こんなロクでもない言い訳を読んで貰っちゃって……。

じゃあ、また明晩!

読んだよ〜!:牛野小雪著『長い寄り道』

肩透かしを食らって許せない小説と許せる小説がある。
ストーリーが解決する以上に、そこまでの旅を味わい、楽しみ、慈しむことのできるもの。
もしかすると、それを文学というのかもしれないな。

オチはない。もやもやは何も解決しない。想像に対する答えは何も与えられない。そして突然、両手で力いっぱい突き放される。
はい、ここでおしまい。

ズシリと残ってしまう。胸のざわつきが放って置かれてしまう。
作者の企みどおりにね。

それが、牛野作品の魅力であり、すごいところなんだよな。
どんなに肩透かしを食らっても、愛さずにいられない。
それが、この作品集の中の三作。
『マーモンドの花』『マリッジブルー』『妻と猫との思い出』だ。

そして短編集の最後に収められた『ベンツを燃やせ』。
これにはびっくりした。
これまで僕が知っている牛野作品にはない爽快さと明快さがある。どきどきしながら、わくわくしながら、それでもどこかで肩透かしを喰らうことを期待しながら読んでいた。
オチはきっと、計画が微妙に頓挫して、それが良いとも悪いとも描かれず、ただもんもんとして終わるのだろうなと思いながら、読んでいた。だって、タイトルがベンツを燃やせなんだから、それでベンツが燃えちゃったら、まんま過ぎるじゃん、意外さがないじゃん、と思っていた。

──ところが……、
わーっ、違った!!!

こんな爽快で豪快な──もちろん、そのまた後に牛野作品らしい余韻があるのだけれど──、牛野作品、知らなかった。最初からオチをバラしてるのにこんなに面白く読めるものが書けるなんて、やはり牛野小雪はただ者ではない……。
(燃えて終わるのは竹薮の柩とも被るけど)

いやあ、もっと読みたい。
と思いつつ、まだ積ん読に長編があったことを思い出した……。
ハイ、読みますですよ!

じゃ、また明晩!

読んだよ/折羽ル子著『円盤対猫』

読んだよ/折羽ル子著『円盤対猫』

独特な語り口に才気を感じる。
あの、漫画のはちゃめちゃな世界がそのまま小説になっている。

無駄にしつこい描写や細かな設定(しかも本筋と無関係と思わせておいて、やっぱり生きている。念のため)、これでもかというふざけた固有名詞──。
これ、好きなひとにはめちゃくちゃアピールすると思う。
好き嫌いは別れるかな。
惜しむらくは、故意なのかミスなのか分からない言葉や文字が多いこと。明らかな変換ミスのようなものなのに、作者が故意に忍び込ませたのではないかと、それによる難解さを狙っているのではないかと思うと、指摘もできないし……。
(ご本人もどこかで「実験的」と仰ってましたし)

やはり面白かったのは表題作の『円盤対猫』。大枠ではちゃんとストーリーがあって(笑)、オチも付いているので。
僕の好みで言っちゃうと、もう少し整理して読みやすくしたら、もっと幅広い読者にアピールできるんじゃないのかな、と。
と思ったけど、そんなに幅広い読者を想定してはいないのだろうな、とも。
《好きなひとだけ好きになってよ!》オーラをびしばし感じる。

でもなあ、ん〜、惜しい。と、つい思ってしまう。
(いや、私見なので)

とても情報量が多く、文章に勢いのある方なので、短めの作品(『円盤対猫』のようなストーリー性があって)が向いているような気もするけど、それは僕がそういうものを読みたいというだけであって、ご本人の書きたいものとは違うだろうし──。
ごく短い言葉遊びのような作品もいい味出してるわけだし……

何か一捻りで大化けするような気がするんだがなあ。
もちろん、僕には正解は分からないけれど……。

では!


《あとがき》

と、上のリンクを埋込むために折羽ル子さんのAmazon著者ページを見たら、びっくり、21作(表紙イラストご担当も合わせて)も出してらっしゃるんですね〜!
こりゃ、別の小説も読んでみなきゃ、と反省する淡波でした。
oriha


みなさん、あけましておめでとうございます。

みなさん、あけましておめでとうございます。
旧年中は本当にお世話になってばかりで、まことにまことにありがとうございました。


と、いうことで、実はいきなり平常運転に戻る積りだった淡波ログですが、やはりセオリー通り(笑)、新年の抱負といいますか、本年の予定を書くことに変更します。
(既に予約公開設定していた本日の記事は、別の日に回して──)

■本年の予定

・1月 6日:『ガラスたちの永遠』発売。既に予約販売開始していますので、ご存知の方も多いかな、と。

・1月16日:『太陽の子孫』(タイトル仮)発売予定。五十枚程度の短編です。これ、ちょっと滞っていて、まだ半分も書けていません。ん〜、どうなるかなあ。タイトルは、書き終わってから再考します。書き終わってからタイトルを考えた方が良い、と、たしか偉い先生が仰ってましたし。
・2月 2日:『別冊群雛』SS大賞(クェイル賞)に応募中。昨年はSFショートショートで3連敗したからなあ、まあ、結果を見てのお楽しみ。ということで。

・『ルルルとリリリ』は恐らく七十話くらいになるのではないかと思われます。まだ、分かりません。三月後半まで続きそうです。かなり未整理で、どんどん先へと進めてしまったため、電書で出す前に全体を見直すことになりそうです。
・『とっても小さいな九つの国』の第三部『やさしい北の魔女とわがままな南の王様』については、『ルルルとリリリ』の連載終了後、一〜二ヶ月ほど休んでから連載開始しようかな、と思っています。こちらは完結編ではなく過去のお話で、ことの発端を描くものになります。童話にしてはちょっと大人っぽい内容で、長さは短めになります。

・例のアレでダメだったショートショートについて、手を入れて今年中に出そうかと思っています。もともと文字数が規定より相当溢れていて、かなり無理やり摘んでしまったものなので、描写不足、説明不足は否めず、そこをきちんと書き直してみようかな、と。

・その後、すっかり暖かくなった頃から、長編を書き始めようかと思っています。これは小説を書き始める前からアイデアを書き留めていたもので、自分がそれを小説化できるとは思っていませんでした。かなりの筆力を求められそうなので、書き始めるのを先延ばしにしていたのです。じゃあ、充分な筆力がついたのかというとそんなことは全然なくて、このままだと書かずじまいになりそうなので……。
(発売はきっと、再来年くらいになるのでしょう)

・以前からもともと予定していた短編が何作かあったのですが、昨年は“急に思いついて書き出した”『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』のシリーズにエネルギーの大半を取られてしまったので、これは夏以降、気力があれば、という感じ。

・『ケプラーズ5213』の脇役の一人、ティプトンという老人を主役にしたスピンオフ企画があり、ちょっとだけ書き始めています。この登場人物に興味を持ってくれた方は誰もいないかもしれませんが──。
こちらは小説の形態ではなく、叙事詩集になります。ちょっとした冒険。


うまくいけば、短編〜中編を六冊ほどリリースできるかどうか、というところでしょうか。

昨年のようなハイペースを続けると、活動量に反比例して脳の回転が鈍り、眼の健康が脅かされることが身にしみました。今後は無理せずマイペースで、コンスタントにいこうかと思います。
休む時は休んで、ね。

本年もまた、どうぞ宜しくお願い申し上げます!

2015年の活動総括をさらっと

えー、20時公開のルルリリ・スペシャルでエナジーを使い果たした淡波です。
さらりと行きましょう。

■2015年の刊行作品一覧!
《新作のみ》

・1月 5日発売 『奇想短編集 そののちの世界2 完全なテロメア』
・1月15日発売 『奇想短編集 そののちの世界3 可愛くてしかたがない!』
・1月25日発売 『奇想短編集 そののちの世界4 フローラ』
・2月 5日発売 『奇想短編集 そののちの世界5 プロテイン・パック』
・2月15日発売 『奇想短編集 そののちの世界6 段ボール箱の中の人形』
・2月25日発売 『奇想短編集 そののちの世界7 サタンと呼ばれた男』
・3月 5日発売 『奇想短編集 そののちの世界8 五感の嘘』
・3月15日発売 『奇想短編集 そののちの世界9 希望の船』
・3月25日発売 『奇想短編集 そののちの世界10 未来からの伝言』
・12月 6日発売 『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』
・12月16日発売 『猫になりたい』
・12月26日発売 『光を纏う女』

新刊を十二冊出したんですねえ。我ながらよくやった!
(まあ、短編が多いので文章量としては『孤独の王』一冊にも満たないんですが、ね!)

12月の三冊はいずれも新着一位(それぞれのジャンルで)獲得しました。スクリーンショット 2015-12-30 19.44.27

スクリーンショット 2015-12-30 19.46.40

光を纏う女新着

お読みくださった、DLしてくださった皆様のおかげです。
いつも、本当にありがとうございます!
《継続する勇気》をもらって、淡波は走り続けますよッ!

《既刊の別バージョン》
・4月25日発売 『孤独の王 第一部: かけら』
・4月25日発売 『孤独の王 第二部: 別離』
・4月25日発売 『孤独の王 第三部: 赤い影』
・6月28日発売 『奇想短編集 そののちの世界』

■2015年にリリースしたビデオ

『奇想短編集 そののちの世界』予告編
『ケプラーズ5213』CGブレイクダウン for ブックトレイラー

あ、これだけですね。少ないですね……。
『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』のPVは結局作り掛けのまま年越しになってしましましたが、まあそのうちに……。

■2015年にリリースした楽曲

『エビネルさんとカニエスさんのテーマ』
『ホーヤレ節』
『リリリ』のテーマ曲
『大蛇の歌』
『黒牙山の戦い』

予定では、サントラは10曲になる予定だったんですが、ねえ……。『ルルルとリリリ』も同じシリーズなので、今後も継続、ということで!

■その他

・多店舗展開としては、昨年末参加した楽天さんに加えて、BWインディーズにやっと参加しました。ちょうど、一年経ってましたね。来年はもっと頑張って販路を開拓しなきゃ!
・8月には群雛に初参加。来年もやりますよ!
・G+に参加。
・インディーズ作家さんに初めてお会いしました:楠樹暖さん、E-fon veeさんのお二人。
・いくつか、賞に応募しました。マイナーなものばかりです。ショートショートの賞で二本落ちた他はまだ結果が出ていませんが……。


ショートショートでもワンアイデア&最低限の表現だけで突っ走ると、まだまだ自分の実力では面白くできないということがよく分かりました。
(「面白そう、だけど」という評価を戴いたのは、そういうことなのだなあ)

まあ、こんな感じですね。

それから──
・10,000ツイート突破!
 (ほぼ、この一年間で、ですから、ちょっとつぶやき過ぎですね──)
・これまでの表紙イラストはほぼCGばかりでしたが、後半は久々の手描きもやってみました。CGを作るようなストレスはないし、「レンダ待ち」もないし、来年は手描き中心で行こうかなあと考えているところです。まあ、分かりませんが、ね。

■DL数の伸びを簡単に比較(有料・無料込み)

2013年:二桁DL(全く無宣伝、SNSも開始前……)
2014年:前年比840%の伸び
2015年:前年比340%の伸び
(楽天さんは400DL弱。BWインディーズは初日のみで13DLという滑り出し! まだ無料本だけですが、ね)

■まとめ

書きたいことがどんどん増えて、「さらりと」ではなくなってしまいましたね……。

今年はかなり頑張ったんじゃあないかと、自分では思ってます。収入としてはまだまだまだまだこれからですが。
年始早々も刊行ラッシュは続きますし。来年もぶっ飛ばして行こうか、と思いましたが、ちょっとお疲れ気味。
来年は無理せずマイペースで行こうかなあ──。
やはり、短編をどんどん出したり連載小説を書いたりしていると、長編を書く時間が全然取れませんね……。これからはもう少しペース配分を考えて、長編もしっかり書くようにしたいなあと思います。
(嗚呼、まとまらないまとめ!)

では、来年も宜しくお願いします!

読んだよ!/ヤマダマコト著『ピーカブー』

本作は、スティーヴン・キングの『Different Seasons (邦題:恐怖の四季)』へのオマージュ? とも思える、春夏秋冬をテーマにした四つの短編を二冊に分けて出版される企画の一冊目です。

アンディ・ディフレーン(『Rita Hayworth and the Shawshank Redemption(邦題:『刑務所のリタ・ヘイワース』→映画では『ショーシャンクの空に』)』の主人公の名前)なんて言葉がポンと出てくる当たり、ヤマダさん、しっかり意識してますよね。
にしても、本家の邦題が気にくわないなあ、と思っているのは僕だけではないでしょう。特に映画。

Different Seasonsは、キングが大長編を書いた後でちょっと息抜きとして書いた中編ということです。別にホラー小説を意識したわけではないと思うのですよね。特にリタ・ヘイワースとスタンド・バイ・ミーは全然ホラーじゃないし。出版社とか配給会社のあざとさを感じないわけにはいきませんよね──。
なぜ、『それぞれの四季』じゃダメなんだ、と思っちゃいます。ずっと風情があるのに。
特に、『ショーシャンクの空に』ってタイトルはもう、ふざけてんのか! としか思えません。あんなに素晴らしい映画なのに、このタイトルの「感動しろよ」加減が許せないのは僕だけではないでしょう(あ、僕だけ?)。
《刑務所にリタ・ヘイワース(往年のセクシー大女優)》という組み合わせが肝なのに! と、映画のタイトルを初めて聞いた時には思ったものです。

この四作の中で三作が映画になっていますが(って、凄過ぎますよね)、誰でも知っている『スタンド・バイ・ミー』は、本当は『The Body』というタイトル。邦題も映画も……。
三番目に映画になった『Apt Pupil』は、直訳だと『賢い生徒』。で、邦題は『ゴールデンボーイ』もう、わけ分かりません。
唯一映画になっていない『Breathing Method』に到っては、直訳だと『呼吸法』ですが、邦題は『ニューヨークの奇譚倶楽部』ですからね。まあ、内容からすると解りますし、呼吸法、じゃあ日本語小説のタイトルとしてどうかとは思いますが。

あ、脱線し過ぎました。

今回読んだのは、ヤマダマコトさんの『ピーカブー』。四季テーマのうちの秋冬編にあたるそうです。
読んでいるうちにびっくりしました。
まあ、僕以外にびっくりする人はいない事情なんですが、一作目の『アサギマダラ』は輪廻を扱った話です。そう、ちょうどこれを読み始めた時、僕も『瞳』という輪廻を扱った短編(最新作の『光を纏う女』とカップリング)を書いている途中だったんです。
(だから、ヤマダさん、読んで!)
全体の構造もどことなく近しいものがあって、面白い偶然だなあと思ってました。

で、『アサギマダラ』、どうなのよ?
う〜ん、良かったです。本当にとても良かったです。
よく言われますが、《谷が深いほど山は高くなる》の好例ですね。

アサギマダラの過去の話はかなり読んでいて辛いものがありました。でも、それがあってこそ最後にずーんと感動が押し寄せるのですよね……。僕にはこういう激しいリアルな表現をする覚悟が未だにありません(あ、あのくらい普通でしょ、ですって? そこは、読んでのお楽しみ、ということで)。

このくらい短い物語でも心にずしんと響くものが書けるって、凄いですね。さすがヤマダさんです。
僕はどうしても対象を突き放したような書き方になりがちなので、二人称でああいった迫られ方をすると、もう「参った!」と言うしかありません……。

二作目の『変人たちのクリスマス』
これ、ひたすら洒落てます。アイデア自体は目新しいものではないのだけれど、巧いです。
とてもオリジナルなものに感じさせてくれる筆力に脱帽です。

春夏編も、とても楽しみですね。

では、また明晩!



広橋悠著『恋の、その後で』を読んだり……。

村一番の広橋作品ファンを自認する僕にとって、《横書きだから》、《縦書きになるのを待っているから》という理由で、いつまでも読まないでいるわけにはいかないのだ。
もう、広橋作品ロスも我慢の限界なのだ。
そもそも、最初に手に取った『アルフェラッツに溶ける夢』だって、横書きだった。もちろん、広橋作品を縦書きで読みたいという想いは強いのだけれど、「読み始めるとすぐに横書きだってことも気にならなくなる」とどこかで書いたのも、僕自身だ。

と、いうことで、2作品を続けて読んだ。

まずは、『恋の、そのあとで』
短い感想。

思い出さずにいられない。
あの頃、あの人、あの恋。

ずっと昔に通り過ぎてしまった様々な出来事を、思い出しては悲しくなり、愛おしくなる。あの場所にいた自分たちの季節も、誰か後から来た人が美しいと感じる一瞬があるのかもしれない。
そんなことを、感じさせてくれた、美しい小品。



お次は、『ローカルラジオを聴きながら』

4作品で構成された連作短編集。ああ、もうなんとも言えず好き。
読み終わった後に、目を閉じて、じっと余韻を楽しみたい小説。ちょっと時間があって、次の本に手を伸ばそうと思ったんだけど、この余韻が消えてしまうのがもったいなくて、Kindleをスリープさせた。

僕には書けないタイプの、ピュアで切なくて、甘酸っぱいんだけど、恥ずかしくはなくて、詩的で柔らかくて、温かくて。
この本も、僕の宝物だな。

プロコルハルムの青い影が効果的に使われていて、しばらくは忘れられないだろうな、って思う。



どちらも絶賛オススメですよ!

ああ、もっと読みたい……