読むべきだ!:広橋悠『妄想する子供たち』『海想』『アルフェラッツに溶ける夢』……

《6/5追記:
 朝令暮改。前言撤回。正しいものには巻かれろ。タイトルに入れましたぞ》

あなたは広橋悠さんの『妄想する子供たち』を読むべきなんだ。ヤマダマコト氏の『山彦』はたしかに凄い、僕は夢中で読んでいる。いつもの読書スピードより早く進む。これは書店に並ぶべき本だし、新聞の広告に《○○万部突破!》なんて見出しが出ていることだって想像できる。本屋の店員さんがガンガン勧めてくれそうだ。前半の丹念な描写でちょっと古風な本格ミステリーかと思わせて、徐々にエンタメ性全開になりつつ渋さと品を保っているのもいい。ご本人が《ファンタジー》と言っているのもポイントだ。《鹿の王につづく伝奇ファンタジー》なんてあおり文句が出るかもしれない。あれ、本題からずれた。

広橋悠さんはベクトルが全く違うけど、レベルは同等かそれ以上。(僕の中の貧しい読書体験の中限定では、セルフ界一番の筆力だ。残念ながら、僕は山の麓で見上げるしかない)

彼の本は残れる。ずっと残れるものになる。紙の本を出しても、きっと初動は芳しくないだろう。ちょっと《奇書》の匂いもする。大事なのは、《臭い》でなく《匂い》だということだ。延々と続く悪夢の中で、香しく美しい、妖しい魅力が留まることなく輝き続けている。
作品の持つ不思議な熱は、本好きの心にずぶずぶと浸透していくに違いない。そしてずっと、少しずつ売れ続けるだろう。初動なんてクソ喰らえだ。『妄想する子供たち』は、十年売れ続ける。いや、もっとだ。これを読まずに何を読むか!
読んでみて評価に値しなかったら、僕のセンスを疑う前に自分のセンスを疑っても良いんじゃないかと言い切りたいほどだ。

『妄想する子供たち』には、ジュースキントの『香水』のような《不思議なロングセラー》という枕詞が似合いそうだ。(ちなみに映画は観ていない。読んだのは映画化話が出るずーっと前だ)

 
『海想』の縦書き化も進んでいるそうだし、縦書き化に合わせて内容にも手を入れているという。そうなんだ、この感覚。縦書きにした時に、横書きで読んでいた時には見えなかった微妙な雰囲気の差異が読み取れる、書ききれる作家さんなんだ。(プロでも書く時には横書きという人も多いという。それをどうこう言うつもりはないけど)
『海想』にはまだまだこなれていない部分や粗削りな表現、ちょっと素人っぽい構成もあったけど、『妄想する子供たち』はパーフェクト。(自分比)

さあ、読んでみて欲しい。そしてともに、広橋作品の魅力を伝えて欲しい。

(今日はマリヘルヘリべマルヲ氏の文体が伝染している。ちょっと言い切り調だが、それは《熱》だと思って欲しい)

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