イメージと現実

道路工事の現場を通りかかった。
パワーショベルがアスファルトの道路を《バリバリと》剥がしていた。
さて、こういった場合、アニメや映画ではどんな効果音が当てられるだろう。
漫画ではさしずめ、
「ガガガガッ」「ゴゴゴゴッ」「ドン」「ズシン」あたりだろうか。映画ではきっと、重量感があって腹に響くような音が鳴るだろうと、想像できるのではないだろうか。

だが、僕が実際耳にした音は、まるで違うものだった。イメージとは異なる軽い音だったのだ。
「ビリビリ」「パリパリ」と、堅焼きせんべいをかじる音のような、もしくは、くたびれた薄い木綿(例えば着古して薄くなったシャツ)を引き裂く音のようなものだった。
え? と思った僕は、立ち止まってそれをしばらく見ていたんだ。こんな光景、生まれて初めて目にしたわけじゃあない。でも、頭の中にあった音のイメージは、実際のそれとは大きく違っていた。

あなたは、こういう話を聞いたことがあるだろうか。

スポーツ中継のバックで流れるサウンドは、その場で録音されたものではない。正確に言えば、その場で録音されたもの《だけ》ではない。優秀なサウンドエンジニアがミキサーブースに付きっきりで、膨大な数のサンプリング音源ライブラリとともにスタンバッているのだ。もちろん、予めピックアップした《それっぽい音素材》満載で。
例えばスタジアムの歓声、スキー選手が雪をバサッとかく音、ダンクシュートのリングがぐわわんと揺れる音……様々な音が、テレビ視聴者を盛り上げるために追加されるのだ。

これは、ゲームの表現力が高まり過ぎてしまったことが発端だという。作り込まれたシーンにおけるサウンドエフェクトの臨場感が、現実を大きく超えてしまったのだ。そりゃあそうだろう、いくら録音技術が優れていても、その場にいる観客よりずっとはっきりと、スポーツのサウンドを《一つ一つクッキリと》聴き取れるなんて、とても不自然なことだ。
そこからスポーツ映画に波及し、スポーツドキュメンタリーに広がった。
視聴者の感性は、フェイクのサウンドをプラスオンされたものでないと、臨場感を味わうことが出来ないほど鈍くなってしまったらしい。
だから生録の音では満足出来ない視聴者には、フェイクのサウンド効果をプラスする必要があるのだと《番組の製作者たちは思い込んで》いる。

これ、英国のラジオ番組で三年ほど前に特集が組まれて、一般に知れ渡ったことだそうで、その番組はかなりの聴取率だったらしい。僕はそれをPodcast配信で聴いたのだけれど、とても面白い番組だった。

こうやって、人は自分自身が心の中に描いたイメージに、簡単に騙されてしまうのだろう。

さて、この感じ、何かに似てはいないだろうか?

例えば《食》。
明らかに不自然な色調、工業製品のように画一化された形状の野菜や果物、肉製品たち。そうしないと売れないからと生産者は言う。
そういう食品を眼にして、美味しそうだと思ってしまうイメージの貧困と、そこに乗る販売者と生産者。消費者の側にも責任の一端はある。
そして、それが当たり前のものになり、
《魚が切り身のまま海を泳いでいる》と思い込む子供たちを生む。
《牛も豚も鶏も、味だけでは区別できない》子供たちを生む。
《野菜の味の個性、クセは失われ、気の利いた“やり過ぎの”調味料に演出された味》イコール美味しい味だと思い込む子供たちを生む……。

僕は表現者として、人間のナマの感覚に鋭敏でいたい。
世の中のフェイクを全て否定する気はないし、全て見破れる自身も毛頭ない。でもね、感覚を研ぎ澄ましていたいものだなぁと、いつも思っているのだ。

そんな感覚の変化と、それによる人間自身の変化を描いたサイファイ作品が、『奇想短編集 そののちの世界8 五感の嘘』だ。

 

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では、いつかこの記事が、誰かの役に立ちますように!

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