『ティプトン』連載第3回

“ジョージ・ガーシュインのゆったりした旋律が、暗い廊下を静かに流れていた。か細く、だが円やかな手回し蓄音機の音だ。滑らかに回転するチタン製のレコード円盤が天井からの光を受けてぬらぬらと反射している。
誰かがゆっくりとハンドルを回すキイキイという音もまた、音楽と寄り添うように小刻みにリズムを刻んでいた。”

『ケプラーズ5213』より


── 3 ──


では、《新しい知識》とは、何だ?

私たちはそれを
禁じられたのではないのか

私たちは
私たちの未来を壊さぬため

あの新しい星を
赤い土くれに変えてしまわぬため

人類の生きる可能性を
狭めてしまわぬため

考えても考えても理解できない
《新しい知識》は
捨て去ろうと決意したのではないのか

今の私たちが持つことを許されている
《産業革命以前の技術》
というものですら

私のような者には
理解が及ばないのだから

美しい音楽を奏でる
輝けるこの円盤ですら

その針が冷たい肌を滑る瞬間に立ち昇る
眼に見えぬ何かを
理解することは叶わぬのだ

音とは振動なのだと
若い時分に学んだことは覚えている

だがその先の知識を求める級友に
教師は言ったものだ

それ以上、知ろうとしてはならない
その飽くなき好奇心と探究心こそが
あの星を
破滅に追いやったのだからと

探求を諦めようとしなかった級友の一人は
やがて出世して
コントロール・センターの一員となった

知識を持つことが許される
それを使うことが許される
ひと握りのエリートたち

彼らは私たちの未来を
コントロールしてくれるのだという

間違いなく、あの星へと船を導くために
眠り続ける九万の同胞が
その尊い命を失うことがないように

だが本当に
信じているのだろうか

彼らは私たちの未来を
コントロールすることができるだなどと

理解することのできない
恐ろしい魔術の中で


本連載は、原則として毎週木曜日に掲載します。


地球を旅立って三千年後、人類は尊い犠牲を払いながらも、計画通りに492光年彼方の惑星ケプラー186fに到着した。
人類は惑星の各地に入植キャビンを送り込み、水と緑に溢れた美しい新天地に入植地を築きつつあった。
だが、人類の生息環境として申し分ないその惑星に、先住生物が存在しないはずはなかった。


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