新作は三つのバージョンを用意するかも?

現在執筆中のお伽話、『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』は童話版、絵本版、そして、もしかすると大人語翻訳版も作ろうかと思っています。

そもそも、童話の電子書籍って、読まれるのだろうか? という疑問点があったりするのです。
専用電子書籍端末を持っているのは大人だし、契約するのも購買するのももちろん大人ですよね。スマホで読むのも、まず大人がメインでしょう? 中学生以上なら自分のスマホを持っているかもしれませんが、やはり電子書籍ストアのアカウントを自分で持っているとは考え辛いです。
小学生のお子さんが電子書籍で童話を読むシチュエーションを考えると、家にあるタブレット端末に親が書籍データを入れておいて、それを子供さんが読む、というパターンでしょうか。

そう考えると、大人が読む童話という選択肢もありなのではないかと、考えたわけです。まあ、大人語翻訳版は一番あとになるかとは思いますが……。

今のところの予定はこんな感じで考えています。

【童話版】:淡波ログで毎日一話連載!
 いきなりすごい発表だ、自分ながら。概ね2〜3枚程度の分量で一話をまとめています。全体で45話、4万数千字程度。現時点で一応は全体を書き終えていますが(現在校正中)、少々ボリュームに変化はあるかもしれません。
 こちらで掲載後は、適宜作品ページに移していきます。ここだけだと読み辛くなりそうですし。連載終了後はAmazonなどで発売、という流れですね。

【絵本版】:連載終了の翌月あたりをターゲットに考えています
 とはいえ、まだ何もない状態。かなり遅れる可能性は相当あり、でしょうか。童話版の文章量をぐっと絞り、何とか絵本化したいと思っています。できなかったらご免なさい。。

【大人語翻訳版】:絵本版と同時進行できれば……
 ルビを全て省き、もう少し表現を大人っぽく、深めたいと思っています。大人が楽しめるようにシニカルな側面をちょいと強調したりして?
 うーん、これもまだアイデアレベルなのですが、ね。

童話版ですが、早ければ明日の夜、第一回目を掲載しようかと考えています。まだ決まっていないのが痛いですね。全ての漢字にルビを振っているので、その作業に思いのほか手間取っているのです……。

さて、もう一つ。
このプロジェクトもメディアミックス的な展開を考えています。主題歌(イメージソング)も大体頭の中では出来上がっていて、歌詞は完成済み。ちょっとお間抜けな雰囲気にして、子供たちが喜ぶものにしたいと思っています。
PVは絵本版の絵を使おうと思っていますが、果たしてそこまで作る時間を取れるのか? そこが一番問題だったりします。
物語の中に挿入歌もあるのですが、これも何らかの形で発表しようと思っています。SoundCloudと作品ページに載せる感じですかね。

一人でも毎回のお話を楽しみにしていてくれるひとがいるといいなあ……と思いつつ!

では、明晩の第一話をお楽しみに!

山田佳江著『ボタニカルアリス』を読んだ件

何を隠そう、AR関連の小説にはあまり没入することができない。仕事でARコンテンツ開発をやってるせいもあって、数年後の未来までは見えているんじゃないかと思っている。で、その先は、現在の延長の技術では越えられないハードルが存在していることを知っている。そこが、知識としてのサイファイと現実の境界だ。
一般世間の人が思っているARより先が見えていても、いや、だからこそ、だろうか……。(もちろんそれを越えていくのが技術の進歩なのだけど、)それにはあまりにも大きなブレークスルーが必要だから、サイファイの中で繰り広げられるAR的な出来事には違和感が大きくなるばかりなのだ。

だから、ARを扱った小説にはその辺りの説得力が感じられなくて、どうにも冷めてしまうことが多い。
特に、これでもかとIT知識を捲し立てているものに対しては、そこへの抵抗感がどうしても大きくなる。
ARは嘘を吐くための方便なのだから、「ファンタジーでいいっしょ」と割り切って書いてくれればいいのだが、《こんなに詳しいんだぜ》とか《説得させよう》《知識でねじ伏せよう》《科学的にこんなすげー予測してみた》みたいなものが透けて見えてしまうものは、読んでいて正直ツライ。
あんた、そこまでガチガチに理論組んどいてさ、その子供みたいなファンタジーは何よ? そもそも予測のバランス悪いし、そのズレに気付かないでえらそーな顔しないでよ。となってしまうのだ。(まあ人のことは全然言えないけど)

さて、前置きが長くなった。

山田佳江さんの『ボタニカルアリス』には、それがない。
全然ない!

かなり荒唐無稽な設定もあるけど、全体としてバランスが整っていて、楽しく納得できるファンタジック・サイファイになっているのだ。主人公が美男でないというのも好感が持てる。あ、これは関係ないか?
物語も設定も無理せず、美味しいところを上手くつまんでいる。中編という長さも丁度いい。理屈に流れず、ストーリーと人物が主役の座をきちんと守っているのだな。

人工生命、AR、デザインド・クリーチャー。そして、近未来のネット世界。植物園という舞台設定も申し分ない。
植物園舞台のサイファイというだけで、こりゃもう傑作間違いないだろ。と思って説明文も読まないでポチってしまったのは僕だ。大当たりだった。
最新ぽいキーワードで構築された世界観が、とてもセカンドライフっぽいのはご愛嬌。なんだか可愛らしささえ行間に漂っているんだもの。

とても楽しい三日間を過ごさせていただきました(読むの遅い!)。
あの大御所の例の作品より読後感は良かったなあ。何しろ、無理のあるところも無理のないようにホンワカ読める文体に五つ星、かな。

みなさん、コレはお薦めですぞ!

この表紙、さっきリンクを貼っていて気がついたんだけど、ARのイメージになってるんだ。バラの花に重畳表示された人物(上下逆?)。これ、山田さんだったりして?
あ、ちなみに、重畳ってのはAR用語なのかな? 同じ位置に重ねて表示するってことですね。

ではまた!

人称代名詞の広大な世界

日本語は面白い。人称代名詞だけ見ても、こんなに表現が豊かな言語はそうそうないのではないかと、外国語の知識が貧弱な僕は思ってしまう。
今日は、一人称の話。

男の一人称:ぼく、おれ、わたし、わたくし、あたし、おいら、じぶん、おら、あちき、こっち、うち、わし……
まだまだありそうだ。
そして、日本語の特徴である表記の多様性がある。
僕、ボク、俺、オレ……と掛け算で増えて行く。

女の一人称:わたし、わたくし、あたし、あたい、おら、うち、こっち、わし……

そう、男女で別の一人称もあれば、一緒のものもある。そこもまた面白い部分。

さらに、「私」は面白い。辞書的に言うと、正しくは「わたくし」と読むのだろう。でも、これは「わたし」と読んでしまうひとが大いに違いない。「あたし」と読ませてもいいし。
んん、どんどん広がる。

小説で言えば、一人称の選択だけでその人物の性格の一端を表わすことが出来てしまう。一方で現実を見れば、人はTPOとか感情の起伏によって、それを自在に(無理やりに?)使い分けている。
なんと深い世界だろう。(当たり前だよ、と突っ込む声が聞こえたけどw)

おっと待った。英語にも色々あるじゃない、I, My, Me, Mineとかさ。
そう思った人、ブーッ!

英語は助詞がくっついた状態で人称代名詞になってるだけだから、「自分」を主語として一人称で言う手段としては、Iの一種類しかないのだ(古語は考慮せず)。
俺が(は)、俺の、俺に(を)、俺のもの、というのを一単語にまとめただけに過ぎないわけだけど、言語構造の違いを感じて面白い。単純に、相当する言葉を訳して置き換えても意味が通じないのは、こういうところにも一因がある。言語圏が全く異なれば、その構造自体も、思考の構造自体もそもそも違うのだ。
だから、自動翻訳というのもなかなか意味をなさないのだよな、と思ったりもする。

要するに日本人は、目の前にいる対象によって、自己表現を変化させるのだな。目上のひとに対して「俺」ってのは使い辛いし、仲間内で「わたくし」って言うのも不自然だ。話をする相手との関係性によって、良く言えば柔軟に、悪く言えば優柔不断に自己表現を変化させるわけだ。そうやって、なめらかな人間関係を形作るのが日本人らしさの現われの一つ、というわけかな?

でも、たまにいるよね、そうやって振る舞わない人、振る舞えない人。KYって言ったりしてしまうけど、どうしてその人がそうやって振る舞うのか、それは自己表現の一環なのか、それとも傍若無人なだけなのか、はたまた謙虚過ぎるだけなのか、そんなことを考えたりしても面白いな。作品に生かせるかもしれないな、などと思う、今日の淡波。

ではまた!

オリジナル信仰という罠にはまった男の告白-3

僕は自分自信を救うために、一枚のアルバムを作った。やがてそれは、少しだけファンを生んでくれた。僕の好きだった叔母(故人・作詞家)が、周囲のひとにちょこちょこと紹介してくれていたのだ。
あるひとが、「毎日聴いています。大ファンです」と言ってくださった。
僕はまた、歌をやっていこうと思った。でも、環境がそれを許容しなかった。仕事は忙しくなる一方で、声を出す時間が捻り出せなかった。歌はスポーツのようなもので、週に2回はきちんと声を出さないと出なくなる。元々音程の悪かった僕は、ひどい下手くそになり下がっていった。楽器の演奏力ときたら、初心者中学生レベルになっていた。

次のアルバムを出すまでには、10年が必要だった。みっともなくあがきながらも、このままでは終われないと思っていた。録音のための練習に2年、実際の録音には3年以上かかった。テクニック的にはひどいものだったけれど、どうにかして1枚のアルバムが仕上がった。自分の手で、これを絶対に売る。と決めていた。ドメインを取って、WEBサイトを立ち上げた。プロモーションビデオを作って、youtubeに上げた。
でも、僕の宣伝リテラシーはそこ止まりだった。もちろん、SNSもやっていなかった。

当然のごとく、2枚目の個人アルバムは1枚も売れなかった。1枚も、だ。
ずっと僕を応援してくれていた叔母はすでになくなっていたし、今度のアルバムはどう考えても前述のファンの方の好みには合わないものだった。
サイトのペイパルボタンは、決してクリックされることがなかった。でも、懲りずにプロモーションビデオを作り続けた。ビデオのビュー数は二ケタ止まりで、なんのプロモーションにもならなかったのに。
試聴した友人からは、「メジャーの頃よりずっといい」と言ってもらえたその2枚のアルバムは、無料化して、今もひっそりとネットの海に沈んでいる。DL数もアクセス数も把握していないけれど、まあ、相変わらず誰にも聴かれてはいないだろう。

一方で、僕は小説を書くようになっていた。子供のころから活字が大好きだったし、詩はずっと書いていた。僕の書く詩は物語仕立てのものが多く、それが小説という形を取ることにも違和感はなかった。
僕の小説は、小説家を目指している人が書くものと少し違うのではないかと思っている。基礎もテクニックもない。ちょっとした文章を書く仕事もしていたけれど、それは整合性の取れたきちんとした文章を書く訓練になっただけだった。文芸を書くための勉強はしたことがない。
若いころの僕はアウトプットが全てで、インプットする時間を惜しみまくっていた。それが必要だとも思っていなかった。僕の読書体験は乏しい。小学生の頃はそれなりの読書家だったけれど、自分で何かを表現することを覚えて以来、読書量はかなり減っていった。

さらに、音楽家を目指していたころは、とにかく英語で歌いたかった。だから英語の勉強がてら、本はできるだけ英語のものを読むようにしていた。これにはとても時間がかかる。ひと月で1〜2冊読むのが精いっぱいだ。そんな読書を二十数年も続けていた。だから、読書の絶対量はかなり少ない。60〜70冊くらいは読んだのではないかと思うけれど、別に英語ぺらぺらにはならなかったし、相変わらず文法間違いだらけの英語詞しか書けない。日本語で書かれた本は、きっと年に1冊くらいしか読んでいなかった。もしかしたら、文体を形成する上で良い影響があったかもしれないけれど、ね。
(以前ネットで見た石田衣良さんの小説家セミナーによれば、小説家志望者は年に千冊、特定のジャンルの本を読むべきだという。そのくらい読まないと、あるジャンルのパターン全てを頭に入れ、自分のものにできないというのだった。何ともまあ、ハードルを上げられてしまったものだ)

40歳を過ぎたころだったか、いかに自分の価値観が偏っていたか、ずれていたか、創作者にあるまじき態度だったのかが、じわじわと染み込んできていた。守破離という言葉がリアリティを持って理解できたのも、ようやっとその頃だ。遅過ぎる。あまりにも遅過ぎる。
でもね、まだまだ僕はいくらでも何かを創り続けられる。生み出し続けられる。だから、遅過ぎてもいいんだ。人生、まだまだ先は長いのだ。

今、僕の中にはむかしのようなオリジナル信仰は全くない。先人の残したものを少しでも味わい、吸収したいと思っている。身に付けるなんておこがましいことも言わない。

だけどこんな僕にも一つだけ、手に入れた大きなものがある。
僕はこの十数年にわたって、クライアントのためのビジュアル表現を仕事にしている。だから、創作物を届ける先、小説でいえば読み手のことを常に意識できていると思っている。自分の表現は最低限に抑え、クライアントの求めるものをひたすらに創り続けているからこそ得られた視点なのではないかと、少しだけ思っている。少しだけ、だけど。
読みやすいこと、理解しやすいこと、伝わること。でも、それだけでは終わらないこと。自分の書きたいこととのバランスに、いつでも注意を払いながら、ね。

そうやって今日も、淡波は何かを創り続けているわけなのだった。

三日間にもわたる、取るに足りない長い記事を読んでくださって、本当にありがとうございます!

おっと、ここでもう一つ(ジョブズ風に)。
最新のプロジェクトである『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』は、この週末、いよいよその一端が明らかになる予定だ。請うご期待! ということで……。

今後とも、宜しくお願いしますねッ(≧∇≦)//

オリジナル信仰という罠にはまった男の告白-2

3年契約、アルバム3枚という条件でデビューしたにも関わらず、レコード会社は手のひらを返した。次は売れるものを作れ、作れなければセカンドアルバムはない。そう宣言された。
当然のごとく、売れるものなんて作れなかった。世の中で大売れしている作品は、僕には無関係な世界のものだったのだ。そんなもの、逆立ちしたって作れるわけがなかった。バンドの中で、僕の作品の比率が下がって行った。自分の音楽ができないなら、続けても仕方がないと思い込んでいた。僕を天才だと無責任に持ち上げた人が、「このままじゃ、きみ、ダメになるよ」と囁いた。
そして僕は、皆に呆れられながら解散宣言をしたのだった。僕のわがままで。

それから、また僕は自分らしい音楽をどんどん作って売り込んだ。でも、もう評価はされなかった。《売れなかった実績》を首から下げた音楽家なんて、誰が売りたいものか。
僕は別のレコード会社を回った。何社も何社も回った。気に入ってくれた人もいたけど、やっぱり売るとなると話は別だった。「話を上に通せない」、それから、「事務所が見つからないから」が常套句だった。売るためには売れる曲を書いてくれ。それで終わった。僕には、オリジナルであるということ以外、何もなかった。きらりと光る才能は、もうすり切れていた。やんわりと、もう来なくていいと言われた。

僕の中には売れるためのメソッドは何もなかった。売れ筋っぽいものを創るためには何が基本なのか、何もなかった。分析? 研究? 知ったこっちゃいないよ。そればっかりはどうにもならなかった。もちろん、それを試みたことだってある。でもね、全然ダメだった。ダメになるばかりだった。
「きみは何のために音楽やってるの? 今のきみの音楽には何もないじゃない」
そうやってまた一人、僕を評価してくれたプロデューサーが離れていっただけだ。

だから、それを知った上でひねくれるなんて離れ業は、そもそも僕の脳からは生まれてくるはずもないのだ。それでも、僕はこの創作姿勢を変えることはできない。

事務所が見つからないなら自分で見つけようと思って、今度は売り込み先を音楽事務所に切り替えた。デモテープを送りまくったら、興味を持ってくれた事務所が一つだけあった。どんどん新しい曲を書いて、そこへ持って行った。自分が作りたい曲を作って。
楽しんでくれた。君の曲が好きだ、是非売りたい、そう言ってくれた。
でも、時間が経つにつれ、言葉の雰囲気が変化していった。
そして、
「売ってくれるレコード会社が見つからないんだ」
それでも僕は日参し続けた。

そしてあるとき、急に言われた。
「君の音楽からは、人生観が感じられない」

もう、どうでもよくなっていた。メジャーは止めよう。時間の無駄だ。そう思うようになっていた。ちょうど、インターネットによる個人による作品の発信が少しずつ増えはじめていた。
僕は、アマチュアの頃から持っていた自分のレーベルで音楽を売りはじめた。でも、ポップスは売らなかった。怖かった。映像用のBGMを大量に書いて、どんどん発売した。お小遣い程度の収入にはなったけど、虚しかった。感謝のメールが届いたりして嬉しかったけど、虚しかった。
歌を作りたかった。でも、もう自信がなかった。

ちょっとした田舎に引っ越した。周囲には音楽スタジオもなかった。歌うことを止めた。声も、出なかった。
それでもやっぱり、歌を作りたかった。歌いたかった。
仕事のこと、家庭のこと、色々なことがあって、精神的にどん底になっていた。

【つづく】

オリジナル信仰という罠にはまった男の告白-1

タイトルも書き出しも内容も違うけど、これは昨日からの続きなのだ。


 

《オリジナルにこそ価値がある》
《人の真似なんて最低だ》
《自分だけのオリジナルを生み出せ》

僕は、そう言われて育った。
僕の親父は若いころ、ほんのいっときだけれど画家だった。胸を病み、長期入院して持て余した時間を使って、油絵を自己流で描き始めたらしい。
それがなぜかたいへんな評価を受けたらしい。
画廊に出した絵は全て売れた。アメリカの画商が買い付けに来た。当時、サラリーマンの給料よりずっと大きな額が、病み上がりの青年の懐にぽんと入ってきたらしい。

親父は、独学だということが誇りだった。専門教育を受けていないということが、自分のオリジナルを生み出す要素だと信じていた。
それが、基本などクソ喰らえという子育てに繋がったのだった。
(親父は子供ができてから、数年で絵を止めてしまったのだった。僕らが邪魔をするのが耐えられなかったらしい。そして、普通のサラリーマンになっていた)

若いころの僕は、いつも恐れていた。優れた作品に触れることは、影響を受けることだ。それは、オリジナルを失わせることだ、と。

基本がなければオリジナルなどない。そもそも、オリジナルなど幻想だ。《守破離》という素晴らしい言葉も知らなかった。
だけど僕は、若いころずっとオリジナル信仰という罠にはまり続けていた。

僕は音楽家を目指していた。でも練習は嫌いだった。オリジナルを生み出すことが全てだった。練習など不要だった。音楽鑑賞すら、余計なものだった。誰の真似もしたくなかった。僕はどんどん作品を生み出した。仲間のいなかった僕は、デモテープを作るためにいろんな楽器を演奏したけれど、演奏できるのはその時に作った自分の曲だけだった。自分で作ったフレーズを録音するためだけに練習し、終われば忘れてしまう。「何か弾いて」と言われて演奏できるレパートリーは皆無だった。
誰の影響も受けていないつもりだった。
もちろん、物心ついて以来膨大な音楽を耳にしていた。口ずさんでいた。テレビやラジオから垂れ流される歌謡曲やポップスにどっぷりと浸かっていた。でも、コピーやカバーはほとんどしなかった。それだけで、誰の真似もしていないと思い込めるおバカさんだった。コード進行の勉強をしたこともなかった。

若いころ、偶然にもそれがいい方向へ転んだ。僕の作る音楽は《どこか違う》と言われた。《どんな曲を作ってもオリジナルだ》と言われた。でも、基礎がなければテクニックの積み重ねもない。あるジャンルに最適な楽器の構成も、定番のリズムも、コードの展開方法も、何も知らなかった。ベースラインですら、感情の赴くままに書いていた。ベードラとのシンクですら意識していなかった。
常に一発勝負だった。
幸いにも小さなバンドコンテストで優勝したりした。前後して、ライブを見にきていたメジャーレーベルの人から誘いがかかり、僕はミュージシャンとして颯爽とデビューした。《天才》と持ち上げるひとがいた(たった一人ね)。
何冊かの雑誌に記事がのり、最高の気分だった。(内容は当たり障りのない、なんてこともない記事だった)

でも、たった数千枚の初回プレスが売れなかった。僕のことなど誰も知らないままだった。

【つづく】

あれは最善の結末なのだった、が。

いろいろな読み方があっていい。読者の数だけ感想があっていい。小説も音楽も絵画も映画も舞台も詩も……。
でもね、一つだけ言っておきたい。

ああいった形で、結末をバラさないでくれ。

あの作品、『ケプラーズ5213』の結末は最初から決まっていたし、あれが僕の一番書きたいことだったのだ。非常に陳腐だし、ガキっぽい結末かもしれない。でも、僕はああやって文明が人類を裏切り(いや、人類のおごりが生物としての人類を裏切り)、どうにもならないところに落ちて行って、動物に還ることでしか救われないという姿を描きたかったのだ。
(ああ、これでもうケプラーズは読まれない……)

ケイトとソーの物語は、それを個人的なレベルで、ちょっと斜めの場所から描いている。
《生き残るために最適な解は何か》、二人はそれぞれ自分の頭で考えて決断した。そこには、その時の二人には、もはや恋愛感情なんてない。
表向き、僕は読者の期待をひどく裏切ったように見えるかもしれない。それはそれで、そこまでの二人の話の盛り上げ方が上手く行き過ぎたのかもしれない。でも、僕はあの結末を一直線に目指して書いていた。二人の恋も、そのためのものだ。《猿》の後、二人が、いや、ソーがどうなるのか、希望を残して終われればそれだけで最高の結末になると信じていた。ああやってソーがケイトの存在を思い出すことが、救いをもたらしてくれると信じていた。
いや、今でも信じている。

あれが《不誠実なはぐらかし》に思えたとしたら、それは読み手に作者の意図が伝わらなかっただけだ。それはきっと、書き方が下手だったんだろう。あからさまな書き方はしたくなかったし、テーマは、静かに底に沈んでいればいいと思っている。僕は巧みな書き方ができないけど、あれはごく誠実に、愚直に、テーマを追求した物語なのだ。
そこにブレはないし、ごまかしや帳尻合わせは一切ない。大事な部分を軽んじたことなどない。読者をばかにするなんて、とんでもないことだ。

批評されるのは嬉しい。辛いこともあるけど、自分以外の人間が、「面白い」「つまらない」以外のことを言ってくれる機会など、そうそうあるものではないから。

だけど、だけどね、《盛り上げるだけ盛り上げておいて尻すぼみになった話》と思われてしまうのは心外なのだ。そう思われてしまったのだから感想としては事実なのだけれど。
まあ、言い訳だと思いたかったら思ってもいい。作者が作品の説明をするなんて、最低だと思う。

ああ、また掘っている。墓穴ってやつを。

どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。

(つづく)

美容院のBGMのようなものは……

それは美容師さんの好みで選ばれたものなのだろう。文句を言う筋合いのものでは全くない。でも、僕はあれが嫌いだ。我慢ならん、と、つい思ってしまう。
「明日」「道の途中」「信じて」「いつか」……
ああ、もうあとは忘れたよ。多分、「つばさを」もあったろう。

聴き飽きた王道ドラムフィル。感動進行。気持ち悪い裏声(あ、これは好みか……)。

《売れるため》に作られた使い捨ての甘いバラード音楽が、コンピレーション・アルバムなのか、有線なのか、延々と流れている。適当に歌詞を入れ替えても、誰もその違いが分からない。全体でなく、部分部分の言葉、耳障りの心地よさで作られた音楽だ。
ミュージシャンを入れ替えても分からないだろうし、たとえ歌い手を差し替えたとしても、ファン以外にはきっと違いが分からない。でもそう言い切ってしまうのは乱暴だし、失礼なことだ。彼ら、彼女らだって、仕事でやっているのだ。し、ご、と、で。
存在自体を否定するつもりはないし、それが好きなひとに文句を言うつもりもない。
それが成立してしまう世界があってもいい。

でもさ、1時間弱座りっぱなしで、逃げられない場所で、その音楽をかけないでくれよ。(「店員に換えるように頼めよ」って言わないで! これは僕だけの個人的な感想なのだから)
そう思いながら、これは小説にも言えることではないかと、ぼんやり考えていたのだった。小説を書いて発表している以上、値段を付けて販売している以上、誰だって読まれたい。売れたい。そう思っているはず。
だから、売れているものを全否定するのは虚しいだけだ。そこにも学ぶべきことは必ずあるのだし。

多分、小説の世界にも売れるためのセオリーってのがかっちりとあって、そうやって売り続けている売れっ子もいる。もちろん、そうやってセオリー通りに書いたってつまらなければダメだろうし、ただ面白いだけでもダメだろう。
宣伝費をドカンと投入して売れても、それはずっと続けられるものじゃない。二作続けてつまらなければ、どんなに面白いって言われてもそうそう読みたくなるものじゃないし。

僕はどうも天の邪鬼で、《王道の設定らしきものを使って正反対に突っ走る》とか、《売れすじっぽいプロットでめちゃくちゃに読者を裏切ったり》とか、そんな調子で書いてきた。
よく言われる、《どんな形であっても、主人公が成長しない物語は人の心に響かない》みたいな話には、つい反発して逆行してしまう。まあ、単にそういうものが上手く書けないってだけなのだろうけど、ね。
まあ何というか、この美容院の話だって、僕の天の邪鬼体質のせいで感じることなのだろう。

だから僕の作品は、「面白いけど、商業ベースにはのらないよね、だからこそセルフ・パブリッシングは面白いんだ」そんなふうに言われたりもする。面白いと言われるだけでも非常に嬉しいことだし、その言葉を糧に頑張れる。でも、やっぱり物足りなさも感じてしまう。

それでもね、僕はやっぱりああいった《お約束系》のパッケージを作りたいとは思わない。そんなの自分らしくないじゃないかと思う。自分らしくない作品を作ったって、自分が作る意味がないじゃないかと思う。

とても面白い作品を、作りたいと思う。読者に喜んでもらいたいと思う。そしてあわよくば、感動を生みたいと思う。いつまでも心に残るものを生み出したいと思う。

それでも、そのための方法論には飛びつきたくない。七転八倒して生み出すことを、苦しいだなんて思わない。
こうやって相変わらず青臭いことをのたまいながら、それでも《自分にしか書けない、とてつもなく面白い作品》を書けないものかともがき、思案し、小さな物語や大きな物語を、飽きもせずに書き続けているのだ。

今日は、そんなことを考えた半日だった。

ブログのログ

あれは、10代の頃だったかと思う。海洋漂流サバイバル系の小説を読んでいて、船室で漂流日誌を付けている主人公がいた。漂流が長引き、日誌が失われてしまったのか、ペンが使えなくなってしまったのかは覚えていないけど、あるところで記録の手段が失われた。そこで、せめて主人公は日付だけでも記録しようと、船体の丸太にナイフで傷を付けた。来る日も来る日も、主人公は丸太に傷を付け続けた。
『ありがとうチモシー』だったかもしれないし、『十五少年漂流記』だったかもしれない。もっと大人向けの小説だったかもしれない。いや、そもそも本ですらなかったかもしれない。『未来少年コナン』にそんなシーンがあったかもしれない。ん? いずれにもそんなシーンはないかもしれない。曖昧な、とても曖昧な記憶。
でも、その記憶は心の片隅にずっと残っていた。
(近年、何かの映画でも似たようなシーンがあった気がする)

そして20代後半、WEBの仕事を片手間で担当するようになった頃、ログという言葉が引っ掛かっていた。なんで丸太なんだ?
いわゆるdos窓に処理記録が延々と流れるようなやつだ。そっち系の専門の人がサーバーの設定をしているとき、ぱらぱらと流れるそれをぼんやりと眺めていたりした。なんのこっちゃか分からないし、専門家ではない僕は興味もなかったのだけれど、
“ログを取ってるんだよ、後で何かあったときに解析できるようにね”
と言った彼の、ログという言葉がどうも気になっていた。

WEBの仕事というとITっぽい響きもあるけれど、ちょっとデザインが出来るからというだけの理由で、当時勤めていた会社でホームページの制作を任されたのだ。まだWEBサイトなんていうカッコいい言葉はなくて、何でもかんでもホームページと言っていた。AdobeのPage millが最先端だったHTML1.0の頃で、WEBデザイナーなんて職業も言葉もなかった時代……。

僕はインターネットの解説書を買ってきて貪り読み、アーパネットの歴史とかWWWの成り立ちなどを読んで、少しずつネット関係の知識を溜めた。そして、HTMLベタ打ちと16色くらいに減色した小さなGIF画像をテーブルで並べた程度のホームページを作るようになった。デザインなんて言えるもんじゃなかったけど。
確か、あの本の中にもログの話がちらりと載っていたと思う。

そして時は流れ、30代後半あたりか、ブログという言葉が使われはじめた。最初は略さないでWEBLOGと言っていたと思う。WEBに書き残す記録だからWEBLOG。
あ、これ、丸太に傷つけるあれじゃないか! とピンと来たのだ。

だからね、僕にとってブログは生存の記録だとも言える。つまらない日記だけど、くだらん自己宣伝に過ぎないかもしれないけど、淡波亮作が日々なにをどう考えて、それをどうやって創作に転生させていくのか、そんなことも残して行けたらと思っている。
今日、この頃。

「役に立たないもののほうが、面白かったりする」
────淡波亮作

なあんてね。

爽やかな感動をもらいました!:くみた柑 著『記憶の森の魔女』

前半を読み、物語に引き込まれながらも、少しだけ不安が頭をもたげていました。まさかこれ、支離滅裂な妄想とか夢オチじゃあないだろうなあと。いやあ、全く失礼きわまりない読者でした。
そうかなと思わせておいて、すべての出来事がピタッと現実に収斂するエンディングは、まさに心の中の霧が晴れるようにぱあっと世界が開けました。訳が分からないようでいて、その実キッチリ構成された澱みのない語り口。処女作ならではとも思える瑞々しい描写と相まって、とっても好感の持てる作品なのでした。

無駄を削ぎ落とした端正な文章の中には、さらりと忍ばせたちょっとしたミステリー味が。ヒロコやマチコというちょっと古めかしい名前の使い方にもセンスと巧さを感じました。
ふむふむ、面白い小説ってヤツは、こうやって謎が物語を牽引するのだよなあ〜と改めて思い出していました。
初心忘るるべからずですね。

20分で読める軽さに潜んだ重いテーマ。そして極上の読後感。それが引いていってしまうのがもったいなくて、僕は電車の中でしばらくのあいだ目を閉じて、物語の世界に浸っていました。

ラストシーンを読んでじ〜んとした後は、あとがきを。
そして、ああ、これはある意味実話だったのだ。体験が書かせた物語は厚みがあるなぁと大いに納得し、さらなるじ〜んを味わった次第。

他の作品をこれから読むのが楽しみな、素敵な作家さんにまた出会いました。もっと早く読めば良かったのに!
それにしても、絵の上手い人は文章も上手いよなあ。

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では!

淡波亮作の作り方