子供の頃は、野良犬がいた。よね?

時折、遊歩道のど真ん中に犬のフンが落ちていることがある。明らかに、ドッグフードを主食にしているものの色だ。
そして、ふと思ったんだよね。

野良犬って、見たことある?

野良猫ならいくらでもいるけど──。
今は地域猫という言葉が主流だけど、これは去勢されて予防接種も受けていて、地域で死ぬまで面倒を見るのが前提の自由な猫で、勝手気ままに生きているノラは、ノラとしてたくさん存在しているよね。
──でも、野良犬ってのはそうそういない。

野良猫がたくさんいても、猫のフンが道端に落ちていることはない。猫はきれい好きだし、隠れた場所で用を足すからね。犬だって砂のある場所では一生懸命後ろ脚でフンを埋めようとするけれど、猫のように上手くはない。少なくとも僕が昔飼ってた犬はそうだったな。猫はきちんと埋める。埋まるまで諦めなかったりする。うちの子はそう。自分のフンの臭いがイヤなんだなーって感じがよく分かる。
(私見100% w)

あ、フンの処理の話じゃなくって、野良犬に話を戻そう。

子供のころは、野良犬がいた。首輪をしていない犬がほっつき歩いていた。──多分。
道端に落ちてるフンも多かった気がする。──多分。
これ、飼い主がきちんと片してなかっただけかもしれないね。昔の話だから。

野良犬がいない理由は、狂犬病防止で見つかればすぐに処分されてしまうとか、そもそも凶暴化しやすいとか、捨てられると長く生きられないとか、いろいろ理由はあるのだろう。
そもそも、猫のほうが生命力、繁殖力共に旺盛なんだろうか、ね。

まあ、特に結論とか、考察とかがあるわけではないんだけど。

過剰な清潔志向社会とか、責任追及社会とか、過保護教育社会とか、そんなものが、都会に於ける《飼いならされていない動物(野生ではない)》たちを生き難くしてしまっているんじゃないかな、とは思う。

人間のね、動物としてのパワーっていうのかな、そういうものって、動物との関わりの中で育って行くものじゃないのかな。それがね、ちょっと淋しいような気もする。

地方はどうなのかな、なんて思ったり。人が侵食し過ぎていない土地がたくさんある場所では、野良犬くんたちものびのびと生きていたりしないかな。
なんて思ったりして、ね。

今日はそれだけです。

じゃ!




お茶の間のアイドル、ネコのミーム。人気はCMに始まり、ミームをあしらったチョコレートは飛ぶように売れ、テレビもネットも可愛いネコで溢れていた。さらにどういうわけか、時を同じくしてハリウッドからはネコが主役の映画が同時に2本も届けられた。世界は、ネコの一大ブームに沸いていたのだ。
降って湧いたネコブームに乗り、俺の会社もついにネコ業界へと乗り出したらしい。街を散歩する犬の姿が眼につかなくなった頃、世界の歯車は、大きく狂い始めたのだった。


王木亡一朗さんはすごいな、っていうお話。

『秋の夜長』良かったですね。Twitterではきっと半分も読めなかったから、ブログでまとめて読もうと思っていたタイミングで、丁度、新刊として出しますよ、というお知らせ。
もう、迷うことなく予約ボタンをポチですよ。
きっと、僕と同じようにポチった人は多いんだろうなぁと思いつつ、王木さん、ホント、プロモーションが上手いな、としみじみ感じた次第。


まあ、この画像がタイムラインに現われた時点で、これは新刊の表紙だな、と思うわけだけど、それがTwitter連載になっていたのがミソ。
楽しんで読んで、しかも全部の話を必ず読むってのも厳しいから、どうしても読みそびれが出る。そうすると、「本になったら読みたいなあ」という気持ちが段々大きくなるわけで──。
(あ、これは僕の『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』作戦と同じだけどね)

王木さん、さすがですね。
小説は面白い、表紙のセンスは抜群、プロモーションが上手い。
と、三拍子揃っている。しかもイケメンという噂(笑:本人は否定)。

あやかりたいなあ。
そんな風に言われてみたいなあ。

なんて思いながらも、自分は自分。自分らしいやり方で続けるしかないんだけどね。

でもね、本当に、王木さんのスタイルはいろいろと参考になりますよ!
まだ売れていないインディーズ作家なら、フォローしておくべき。
はい、こちら王木さんのTwitterトップ。
そして、ブログ《Category of Happiness》はこちら。タイトルもいいですよね〜。

まあ、
一切のジェラシーなしに、作品と作家への愛情だけでそんな情報を発信する淡波ログも、フォローすべきかもしれないけどね(笑)

では、また明晩!

くみた柑『七月、きみのとなりに』を読了

いやあ、参った。
いいおっさんが、ぽろぽろ泣いちまった。
恋愛小説を読んで泣くなんて、ちょっと思ってもみなかったよ。

最初はあまり馴染めなかったんだ。ちょっと甘酸っぱ過ぎて、こっぱずかしくて。でもそれは、自分の青春時代の日々と重なるリアルな描写が痛いからなのだ。
《このまま永遠に片思い》とか《そこそこかっこいいのにもてないね〜》とか《どうして好きじゃない人しか好きになってくれないの》的な表現がもう、ちりばめ、まぶされ、オンパレード。

そこにどっぷりと気持ちが入り始めると、もう、抜けられない。逃げられない。
感情移入しまくって、主人公に乗り移って、小説の中で右往左往していたのだ。

逆に、惜しいな、と思ったのは、やっぱりちょっと偶然に頼り過ぎていないか? と感じてしまった点。
女の子が女の子しか好きになれないことだってある、ということを相手役に理解させるために採用したエピソード、つまり、仲の良い友達の両親が同性夫婦だったというもの、これはちょっと強引な偶然設定だったのではないかな? たまたまその友達がそれを知ってしまったことも含めて。

もっと自然に、同性の恋を子供が理解するためのエピソードは作れるんじゃないかなぁ、と思ってしまったわけで。

当初は計画していなかった《連作短編》ということなのだけど、短編相互の繋がりがスムーズかつ主人公の移り変わり方も上手い。
短編同士が伏線として作用していたりして、とてもニクイ構成の物語だった。

まあ、何しろ二回もポロ泣きしちゃいましたよ。
小説を読んで泣くなんてことめったにないのに。
(前に泣いたのは、自作の『壁色のパステル』を校正した時だったりする。書いてからかなり時間を置いたので、内容を結構忘れていて、読者気分で読んでた。ただのアホですが)

くみた柑さんの『七月、きみのとなりに』を読みたくなったら、こちらからどうぞ!

表紙も素敵ですね、自作イラストなんですよ。
いやあ、読み終わった後で改めて表紙イラストを見ると、じ〜んとしますねえ!

じゃ、また!

敗北宣言にはまだ早いぞ!

先月、価格改定の一週間後に、その影響について書いた記事(10/11『価格改定の影響をちょろっと報告』)があったけど、いつの間にかそれからさらに40日が経過していた。

ここでもう一度、価格改定の影響について書いておこうかなと。

実は、あの記事の直後、もうどうしようもないくらい本が売れなくなってしまったんだな。
あちゃー、やっぱり高すぎたかなぁ。あの記事の時はいろいろ別の要因があって売れただけだったんだなあ……。と、かなり落ち込むような状態でもあった。10月11日以降、10月いっぱいで売れたのはたった3冊。つまり、一週間で1冊だ。
《半分にはならない》どころか、4分の1にも満たない状態。そして、常時無料開始からも数ヶ月が過ぎ、無料本のDL数も徐々に下がってきていた。
自分の本を広める、とか、安っぽく見られないとか、それどころじゃない気がしていた。とにかく早く新刊を出さなきゃ、という思いもあったけど、本業が笑っちゃうほど忙しくて、それも完全にストップ状態。
何も手を打てずに時間だけが過ぎてしまったのだ。

ただし、KENPCだけは伸びた。価格が高い分、やっぱり無料で借りられるメリットを感じてもらえるのだろう。
9月の既読数を基準(1)とすると、
10月:2.77
11月:4.45(11/22まで)
 という大幅な伸びを見せてくれたのだ。
しかも、1ページも読まれない日が1日もないという嬉しい状態。これは価格効果なのだろうな、というのが正直なところ。

10月を終えた時点で、まあ売れなくても読まれればいいか、とも考えたくなったけど、やっぱり売れないのは淋しい。

それが、最近になってなぜだか変化した。もちろん、特に理由が見当たらないのでたまたまかもしれないけど。今月の売上げ数が本日時点でほぼ9月に並んだのだ。半分どころか、ね。
(もしかして、“ぽっきゅん”効果?)

これで売上げ倍増?
というと、そうでもない。売れる本の半分は価格があまり変わらない短編だったりするし。
でも、『孤独の王』の売上げが9月と同水準、しかも最高額(850円!)の合冊版もとうとう売れたんだ(1冊だけどね)!

だから、これはもう敗北宣言をする必要はないんじゃないかな、と、思い始めているのだ。
今のところは、ね。

しかし、金額で言えば、まだ自分の小遣いにも遠く及ばないのだ。
家計を助けるとか……、夢は遠い──。
(遠い目で)

これからもまたどんどん書いて、どんどん活動して行くので、見守っていてくれると嬉しいな。
(誰に言ってんだろ……)

じゃ、また明晩!

無料キャンペーンと常時無料の差は?

ちょうど同じ時期に出した本で有料のものとプライスマッチによる常時無料の作品がある。同じシリーズを構成する作品だから、文章のボリュームもテイストも似通っているし、ジャンルも同じだ。その中でも、雰囲気の近い作品同士を比較してみようと思う。

無料作品:
『夜啼く鳥』
『プロテイン・パック』
『段ボール箱の中の人形』

同シリーズの有料作品:
『完全なテロメア』
『可愛くてしかたがない!』
『フローラ』
『サタンと呼ばれた男』
『五感の嘘』
『希望の船』
『未来からの伝言』

傾向は読み取れない?
傾向は読み取れない?(グラフはAmazonと楽天での合計DL数。有料・無料混在)

 
1.『段ボール箱の中の人形』VS『サタンと呼ばれた男』

ちょっとダークっぽいテイストで、かなりエンタメに振った両作品。
この2冊は第6巻と第7巻なので、10日違いでの発売。だからほぼ同時期に無料キャンペーンを行なった。段ボールは2月末から月またぎだったので、キャンペーンでの合計数はサタンの1.5倍ほどあったということになる。そのキャンペーンで読まれたものが割と好評で、段ボールについてはその後も有料版がちょぼちょぼと売れることになる。サタンについても(グラフでは見えない程度だけど)、まあ、ちょぼちょぼとは出ていた。
そして7月のプライスマッチ発動。段ボールはDL数をぐんと伸ばしたけど、サタンはちょぼちょぼのまま。ここで無料キャンペーンを打てばその違いが分かったのだろうけれど、《有料で買った人がいるのに、その後で無料にするのは失礼だ》という方針にしたため、キャンペーンはしないことに。
結果として、段ボールはサタンの数倍DLされているということになった。ま、当然だよね、ずっと無料なんだから。

2.『プロテイン・パック』VS『希望の船』

どちらも見るからに未来のSF。ちょっと懐かしい感じの雰囲気も共通している。
希望の船は無料キャンペーンとしてシリーズ中で最高のDL数を記録。しかし、その後は超低空飛行だ。一方でプロテインは、常時無料作品の中でDLは低い方だ。だが、11月現在まででは(このグラフにはないけど)、ほぼ希望の船と同数のDLを記録している。もちろんこれからも無料が続くのだから、近いうちに抜いてしまうのは間違いない。

■一つの簡単な結論:
読まれたいなら(積まれるだけかもしれないけど)、無料キャンペーンより常時無料。常時無料を続けることによって、DL数がTwitterでのフォロワー数、ブログの読者数を大きく上回ることになる。これは、いわゆる《電書クラスタ》《インディーズ作家クラスタ》以外の読者に、本が届くことを意味するんじゃないか?
無料キャンペーンで数百冊DLされたとしても、それはたった五日間の出来事に過ぎない。だから、《電書クラスタ》《インディーズ作家クラスタ》にくまなく行き渡って、つまり元々自分を知っていた人に行き渡って、それで終わる可能性が高い。読者層を広げるためには、やっぱり常時無料作品を複数用意しておくことが重要なんじゃないか、な。

■もう一つ、あるとしたら:
絶対数が少ないのでグラフからは読み取れないけど、無料キャンペーン後〜5月までと、常時無料開始後の有料作品DL数同士を比較すると、概ね同じ月数でも常時無料開始後の方が約1.6倍多く購入されている(価格アップ後を含めてもね!)。
無料キャンペーンを定期的に行なっている場合、「また無料になったら落とせばいい」という気持ちが、読者のなかにあるのではないかな、とも考えられる。
僕は「発売直後以外はもう無料キャンペーンをしないよ」と宣言しているわけだけど、それをどれくらいの人がご存知なのかは全然分からない。
それでも、《無料の作品は常時無料、有料のものは新発売の時だけ無料キャンペーン》という方針を取ることで、有料のものをきちんと買ってもらえるような気が、しないかな?

まあ、はっきりとした傾向はないし、半ば強引な結論、しかも較べなくても分かるようなことだけど……。

もし、どなたかの参考になれば嬉しいな。

では、また明晩!

レビューの星の数って……。

二つ星以下のレビューが付くと、かなり作品の売上げにダメージがあると言う。多くのひとは、星の数を成績表の1〜5のように考えていると思う。3でようやく標準(平均点レベル)という。でも、本当はそれだけじゃないんだよね、実際、星が一つでも褒めているレビューを見ることもある。

そういった場合、レビュアーのひとはその作品をダメだと思っているのではなく、星の数は《+1の褒め具合》になっている。星が何もないのは《評価なし》で、星を付けることイコール高評価という発想だ。
ただし、それを見て判断する人の多くは、《星の数が少ない=ダメ》と思うことが多い。多いというより、ほとんどのひとがそう思ってしまうだろう。
多くのひとの共通認識として、星一つは《最低》ということだ。それは、《星0》という評価が存在しないから、何か悪口を書こうと思った人も星を一つ付けざるを得ないからだ。

だから本当は、一つ星レビューには三つの種類がある。と思う。
・「全くダメだ、この作品は」=内容が評価に値しない
・「作品の評価以前にDL出来ない、or読めない」=そもそも商品ですらない
・「良いと思います」=上述の《+1の褒め具合》

二つめまでの理由で一つ星をもらってしまったら、諦めて出直すしかない。自分の責任なのだから。
さて、この三つ目が問題だ。KDP作品の場合、そもそもレビューが付くこと自体、とても少ない。僕の作品でもレビュー0のものが18冊中7冊もある。レビューがあっても、8冊は1つだけ、2つレビューが付いたのは3冊だけだ。
幸い、星一つの評価はないけれど、星三つのものが一つある。この星三つの本は、やはり売れ行きがかんばしくないように思える。実際のレビュー内容としては、まあ悪いことは何も書かれていないのだけど、星の数だけ見て判断されるとやっぱり辛いものがある。

で、星一つの話に戻ろう。
たった一つしか付いていないレビューが星一つだったらどうだろう?

そのせいで全く売れなくなってしまったという話を他のインディーズ作家の方から聞いたことがある。だから、星をいっぱい付けてくれという話ではないのだけどね。
星に対する考え方っていうのはいろいろあるってこと。これはね、本当はAmazonさんが共通の基準を設けるべきなんじゃないかと、思っている。

星を付けた時、そのデータがアップされる前に確認ダイアローグを出すのはどうだろう?
例えば、こんな内容で:
「『○○作品名』に星一つを付けました。星一つは、点数でいうと100点満点中0〜20点という意味になります。本当にその数で良いですか? 非常に低い評価は、作品の売上げに深刻な悪影響を及ぼすことがあります。もしあなたの評価が《0〜20点》でないのなら、ぜひ、星の数を再考してください。あなたからの客観的な評価を、全てのお客様と販売者は歓迎します」

ね。

あなたは、どう思うかな?

《様々なかっこ》

(括弧)全角半角、「カギ括弧」『二重カギ括弧』〈アングル括弧〉《二重アングル括弧》<これは括弧ではないけど強いて言えば括弧>【黒レンチキュラー括弧】〔甲羅括弧〕[四角括弧]{カーリー括弧}などなど……。

括弧にはいろいろあるよね。

あ、名称は適当だ。変換の時に出た英字の説明を、勝手に訳しただけだから、さ。
で、さて、それぞれの用途はどんなだろう?
(もちろん、ちゃんと調べてはいない。正解が分かっていたらいろいろ考えるのがつまらなくなっちゃうから!)

普通の括弧とカギ括弧は説明不要だよね。
『二重カギ括弧』も、用途はだいたい決まっている。
1.『特別な固有名詞・本や歌のタイトル』など、タイトルっぽいもの
2.『引用したセリフ』

最近僕が多用しているのが、これ。
《二重アングル括弧》
基本的には、目を留めてもらいたい固有名詞、地の文とは区別したい固有名詞に使っている。こういった言葉に『二重カギ括弧』を使う人もいるけど、どうもしっくり来ないんだな。
で、《これ》。言葉の浮き上がり方とか、括弧のフォルム自体も好きだな。

<これは括弧ではないけど強いて言えば括弧>【黒レンチキュラー括弧】
この二つに関しては、項目立てとか記事タイトルが多いのかな?
前者の<>は《大なり小なり記号》であって括弧ではないから、縦書きには対応できない。これは注意点。
半角の<>とも言える<>は縦書きでも出るけど、これは電子書籍を作る人はあまり使わない方が良い。

だってこれはHTMLやXMLなどのマークアップ言語で使うタグを囲む記号だからね。
もちろん、<>を本文中に使うためのテクニックもあるけど、間違いやすいから詳しいひとや特別な場合以外は避けるべきかな。なにしろ、文章をEPUB化するときにエラーの温床になってしまう可能性が大きいから。

〔甲羅括弧〕[四角括弧]{カーリー括弧}
これらは小説ではあまり使わないかな?
英文で使われることが多いこれらの括弧には、どちらかというと理系のイメージがある。だから、生物の分類だとか学術的な表記に使うとイメージが合うよね。
あとは用語の解説とか、注意書きとか、かな。

最後に、半角と全角の注意を書いておこうかな。
(別に改めて書くようなことでもないけど)

日本語と英語ではベースライン(=文字の下端と考える位置)が異なるから、日本語の文章に半角の括弧を使うと美しくない。アルファベットは日本語で考えたときの文字の下端を突き出た文字があるのだから。

(alphabet):文字と括弧、いずれも半角。pはベースラインを突き出している。文字と括弧のバランスが良い。
(アルファベット):半角括弧に全角日本語。括弧が下がって見える。
(アルファベット):いずれも全角。文字と括弧のバランスが良い。
※もちろん、書体によってもバランスは変わる。この例だと、え? 変じゃないよ、って思う人がいるかもしれないけど……。

これはあくまでも私見だけど、皆さんはどうやって使ってる?

では、この記事がいつか誰かの役に立ちますように!

手指の保湿、どうしてます?

いきなり創作とは何の関係もないタイトルだけど、実は結構関係があったりするのだ。
この季節になると空気が乾燥して、ちょっとした切っ掛けで指先の荒れがひどくなり、辛くなってくる。
先日もたまたま宅配の段ボールを開けるときにテープを力任せに引っ張ったりしたら、その後で急に指荒れがひどくなった。翌朝、気がつくと指先の皮がとこどころ剥けて、全部の指先が赤くなっていた。ひりひりと痛む。
手のひらにもすぐに影響が出始める。放っておくと、物を触るのも辛くなってしまうのだ。

年のせい?
まあ、そうなんだろうけどさ、《年寄り嗤うな行く道だ》って言うでしょ(笑。そんな年じゃねーよ!)

医者でもらった保湿クリームをいやいや擦り込み、肌に馴染ませる。とても気持ち良い。もう、それだけで治った気がしてくる。

しかし、ここからが問題だ。
ワセリンベースではないのでべたつきはあまりないけど、やはりクリームだから油分はあるし、トゥルッとしている。
何か物に触るときに、いちいち躊躇する自分がいるのだ。特にiPad。画面が油分でドゥルドゥルになってしまう。画面が見づらくなるし、指の滑りもちょっと悪くなる。その油分がスマートカバーに付いてしまうのもイヤだ。
Macのキーボードは表面処理がさらりとしているので、それほど気にはならないけど、それでもクリームの油分がくっつくのは気になる。一生懸命指紋の谷間にクリームを擦り込み、少しでも表面に油分が出ないようにして、キーを打つ。

それでもまあ、指がもっと痛くなるよりはいいかと思う。
が、トイレに行ったりして手が濡れるとクリームがとろけてぬるぬるになってしまうので、一度クリームをふき取り、手を乾かしてからもう一度クリームを擦り込む。
それの繰り返し。これが冬の間中続くかと思うと、ブルーになる。

ね、皆さんはどうしてますか?
(若いからそんなことねーよ、って言わないでさ!)

良い方法があったら、コメントくださいね〜。

では、また明晩!

読んだよ:初瀬明生著『エチュード』

この本は、記念すべき例のやつの第一号なのだった。遅ればせながら、ようやっと読みました。
例のやつ?
と思った方は、こちらへどうぞ。
『Kindle用表紙を作成するために最適化したOpen Officeのテンプレート』

ご利用ありがとうございました(!)

こちらがその表紙。

『エチュード』は、『即興劇』『傍観者』という2本のミステリ短編で構成されています。簡単な粗筋は帯に書いてありますね!
日常の中のちょっとした非日常から、背筋がゾクッとするような気持ちを味わい、すっきりと落ちます。前者の『即興劇』は途中で先が読めた部分もありましたが、ちゃんと心の中に踏み込んだ描写があり、《意外なオチ》だけではない味わいがありました。

後者の『傍観者』は、鮮やかなオチがいいですね。ただ、惜しむらくはちょっと前置きが長い。このオチなら、ショートショートでスピーディーに読ませて欲しかったかなあと思います。ちょこちょこと短いエピソードがあり、登場人物がいますが、あまり生きていなかったような……。
半分か三分の一の長さで密室劇に仕立てても良かったのでは、というのは私感ですが。

2作を通じて、ちょっと残念だったのは、文体に流れが乏しいような気がしました。これは感覚的なことなので読者によっても違うと思いますが、もう少し滑らかに読めたら、と思います。難読漢字と平仮名遣いのバランスであるとか、主要な人物とそうでない人物の描写ボリュームのバランスであるとか、そういった部分にも改善点がありそう。

楽しんで読書できましたので、ま、欲を言えば、ということですが。

最新作の『ヴィランズ』はとても評判が良いようですし、僕自身、既にKindleに積んでいます。
こちらも楽しみに読ませていただきますよ!

では、また明晩!

挨拶しよう
声を掛け合おう
世間話をしよう

イデオロギーは
心の中にしまっておこう

宗教は
家に置いてこようよ

愛し合い
認め合い
赦し合い
慈しむ

それは、
あらゆる宗教の
根本原理なのではないのか?

神という概念は
それを分かりやすく
形にしただけではないのか?

権力と欲望
金銭と欲望
名声と欲望

曖昧でとてつもなく大きな
神という概念に
人の名前を与えたのは

のちの人間の
邪な欲望にほかならないのだろう

排斥
孤立
非難
差別
憎悪
暴力

決して、
隣人への愛からは
生まれてこないものたち

忘れよう

損や得や
嫉妬でものごとを判断することは

忘れよう

世界の覇者などという概念は
経済の観念に於いてさえ
本当は存在しないのだから

あなたがたは負けてはいない
あなたがたは勝ってはいない

忘れてはならないと
心を頑なにするだけでなく
内向きになるだけでなく
心に壁を立てるのでなく

忘れよう
赦すために

忘れよう
愛するために

愛する者たちが
より愛されるために

愛する者たちを
守るために

愛する者たちを
もっともっと
心から
愛するために

淡波亮作の作り方