読書した/フランケンシュタイン

メアリー・シェリー作『フランケンシュタイン』
誰かに聞かれる前に読んどかなきゃ、と思って読んだこの本。
──参った。

現在絶賛発売中の『別冊SF群雛』に書かせていただいた『白く、白く、儚きモノよ』の元ネタとも言えるこの物語。
読んでいないけど知っているような気がする小説の筆頭ではないだろうか?

知ってるような気がしてるけど読んでいないあなた、読むとびっくりしますよ!

何しろ、イメージとして持っていたものは、物語全体からしたらほんのサワリ程度。これを知らないでいちゃあ、本読みとしてもったいない。

もちろん、時代の荒波を乗り越えてずーっと生き残ってきた名作文学だから、風景や事象の描写は素晴らしいし、純文学のように心の動きをえんえんと書かれてもちっとも飽きたり飛ばしたくなったりしない。
これ、味わいの塊。

SF(世界初のSFという見方もあるとか)、ホラーとしても本当に良くできているし、科学的な視点で疑問に思われそうなところは事前に《秘密》ということにしてうまく逃げていたりもする──もちろん、現代の僕らから見ると、おかしなところはいっぱいあるけど、それは許せる範囲。文学作品なんだから。

伏線といい、全体の構造といい、もう全然太刀打ちできない。足下にも及ばない。
やっぱり残るものは違う。

まあ、僕の書いたのは短編だし、と自分を慰めても仕方ない。
粗筋程度に見えてしまう。
(そもそもレベルが違いすぎて比べることに意味なんかないけど!)

いや、まあ短編だし。
これから書く長編は違うぜ!
(まだいつから書くか分からないけど)

やりますよ、やりますよ〜。
もっともっと勉強して、いいものを書きますよ!

てな感じで、また明日!



最新作2連発!!

あ、煽りました。
最新作といっても小説ではありません。

一つはこれ。

スクリーンショット 2016-02-09 23.11.50

短編と掌編二作で参加させていただいた別冊SF群雛のプロモビデオです。元はと言えば、王木亡一朗さんの詩に曲を付けさせていただいた『欠伸なんかして』を作っている時に、何となく曲を付けたのが始まり。
ノリで歌詞を書いて、日曜日の朝にふと映像も付けちゃえと思いついて2〜3時間で仕上げました。歌録りは映像を作ってから夕方に、という突貫作業でした。


歌詞はこんな感じですよ〜。


Quails, quails go writing stories
Quails, quails go reading masterpieces
Quails, quails go writing plots and dialogues
Quails, quails
Quails, quails


 (一応、応援歌になってるつもり!)

で、上述の『欠伸なんかして』も同日の録音。
これはもう、詩を読んだ瞬間にサビのメロディーが浮かんでしまったので、王木さんに頼んで曲を作らせていただいた、という感じです。作っていてとても楽しかったですし、《詩に寄り添う》という経験が新鮮でした。
英語の詞に曲を付けたり、曲を先に作ったりすると、基本的になるべく字余りにならないようにするんですが、これはもう全然曲にすることを想定していない詩(当然!)。場所ごとに結構字余りや字足らずが出てしまい、最初はどうやっても二番以降が歌えず、苦労しました。

結局、無理やり詩をメロディーに当てはめるのは止め、場所ごとに少しずつメロディーを変えて洋楽っぽい作りにすることで、全体がまとまりました。
メロディーをそれぞれ変えることで言葉の持つイメージを大事にできて、むしろ面白かったなあ、と思います。

しかしまあ、こんなにも違うもんですかね、同じ日に同じ人間がやって(笑)。

Sound Cloud上の僕のページに載せています
Sound Cloud上の僕のページに載せています

お耳汚しにて失礼──
 では、また明晩!



僕を作ってきたものたち─004

『泉』ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル(1820〜1856)

The Spring Jean Auguste Dominique Ingres | Musée d’Orsay, Paris
The Spring Jean Auguste Dominique Ingres | Musée d’Orsay, Paris

高校生の頃、僕はこの絵に恋していたことがあった。
アングル展の車内吊り広告を盗んできて、部屋に飾っていた。

この絵はアングルがもうかなり歳を取ってから描いたものだったと記憶している。
だから、美しい少女を描いているけれど魅力に乏しいとか、温かみのない石のような肌だとか、言われることがある。

僕は、そうは思わなかったな。
この少女の不思議な表情を見ているだけで、幸せになれた。

その後クリムトやミュシャに恋する最初のきっかけが、この『泉』だったんじゃないかと思う。

こぼれ落ちる水、水仙も好きだ。
画面全体から溢れる透明感と清潔感は、作者が既に枯れていることの現われ?

まあ、でも枯れていたら高校生が恋しないよな。
(36年もかけて完成させた絵だったということも、ずっと忘れていたよ!)

何年か前、オルセーの近くに行く機会があった(つまりルーブル)。
ちょっと忙しくて、オルセーに足を伸ばすことは出来なかった。
この絵があることを知っていたら、きっと行っていたのになあ。

久し振りに目にしたけど、今見てもいいなあ。
表情が、目つきがね、ずっと見ていたくなるよね?

全然魅力を感じないって?
まあ、人それぞれだからね。
(魅力がないと書いた評論家は本当に魅力を感じなかったのだろうか??)

今、ふと気付いたんだけど、このページの(現在の)ヘッダを飾っている『太陽の子孫』のヒロイン、つばめちゃんの顔、ちょっと雰囲気が似ているかも知れないなあ。どことなく憂いを湛えた感じとか、髪形も髪の色も!
──え、似てない?

こりゃあ、失礼いたしました。

ではまた!

残しておきたいツイート─006

そうそう、「ツイートを残しておきたい」というワードで検索してここに来てくださるひとが結構いるようですので、簡単に残し方を書いておきますね。

すっごく簡単です。

1.Twitter画面の右上にある自分のプロフィールアイコンを押すと、設定メニューが出ます。
 (ツイートを残す機能はパソコンでしか使えないようです)

WEBだとこちらから
WEBで開き、こちらから

2.「設定」を選択すると、最初のページの下のほうにボタンがあります。

スクリーンショット 2016-02-07 13.43.26

3.クリックすると、メールでダウンロードリンクが送られてきます。

メールで送られてきたダウンロードリンク
メールで送られてきたダウンロードリンク

4.クリックするとダウンロードページに飛びます。

スクリーンショット 2016-02-07 13.56.55

5.ダウンロードされるのは圧縮ファイル(.zipという拡張子)なので、ダブルクリックして解凍します。

解凍したファイル
解凍したファイル

6.この中の「index.html」をダブルクリックして開くと、月ごとに整理された自分のツイートの全履歴が出ます。

こんな感じ!
こんな感じ!

貼り付けられたツイートに日付は入っていません。何日のツイートかを知りたかったら、各ツイートの下にある「Twitterで表示」ボタンをクリックします。

どうですか?
簡単でしょ!

自分のパソコンに保存され、いつでも全てを見ることが出来るようになるので、とても便利です。

今日はここまで!

「これは売れるのか?」という感覚

書き終わった後で、そう思うことはある。売っている以上、売れたいと思う。だから一生懸命宣伝もするし、少しでもいい表紙を作って作品の顔を飾ろうとしている。
だけど、ふと思った。
プロットなり物語の筋を考えている時、「これは売れるのか?」という視点を持ったことがあるか、と。

もっと言うと、売れるための要素をプロット段階で盛り込もうとしたことがあるのか、と。
残念ながらなのか、幸いになのか、それは一度もない。

それを考えている自分が面白がれるものであるのか、書くことに意義はあるのか、出来上がったときに納得できそうな内容なのか、世間に出してもいいような内容なのか、考えるのはそんなことだ。

世間で言う「売れた」という段階には程遠いわけだから、売れるという実体験を持たないのだから、そもそも自分のような素人は「売れるかどうか」という物差しを持ってはいない。物差しを持とうとしても想像のレベルでしかないわけだ。
世間で売れたものに対して、後付けで感想を言う程度が関の山だろう。

例えば「萌え要素」。

はっきり言って僕の書くものにそれは皆無だろう。
(もしかすると、記号的な意味では『太陽の子孫』には《羽っ子萌え》要素があるかもしれないが、実体は完全に《虚》だ。羽っ子好きが喜んでくれるような要素を盛り込むという努力をしてはいないのだから──)

まあ、それはそれ、自分の作品は自分の作品かな。
まずは、納得できる作品を書けるようになることだ。

今の力のままで「売れるような要素(しかもそれが何か分からない)」を盛り込んでも、自分を無くして迷走するだけだ。読者の心に届かない、上っ面だけヒット作の真似をしたようなものにしかならないだろう。

自分の書きたいことを書けるように、それを出来る限り面白く、美しく、楽しく読めるように、悩みながら読めるように、悲しみながら読めるように、怒りながら読めるように──つまり、読んでいるひとの心を動かせるように──書くことだ。

それがきちんと出来るようになって、より(感性が)広い範囲の人たちに届けられる発信源になれたら、「売れる」ことを意識した作品を産み出そうとすることが出来るのかもしれない。

今はまだ、力を付けるのみだ。
(いや、ずっとこのままかしらん?)

じゃっ!

『ルルルとリリリ』第四十八〜五十一話!

こんばんは!
さてさて、いよいよルビふりだけでなく物語のほうも執筆に追いついてしまいそうな、かなりピンチの淡波です。
『ルルルとリリリ』はいよいよ五十話を過ぎて、後半に突入していきますよ!

川を滑り続けるハーニー。
リリリとハーニーはトッカトッカの国に着けるでしょうか?
そして、ルルルとカニエスさんに会えるのでしょうか────?

いよいよ二人の秘密が?
(まだ!)

では、始まりま〜すっ!

『ルルルとリリリ』第四十八〜五十一話
『ルルルとリリリ』第四十八〜五十一話

いかがでしたか?

ますますリリリから目が離せませんね!
では、2月13日をどうぞお楽しみにっ!

BiB/iの表示に不具合のある方用のPDFは、こちらですよ!
[第四十八〜五十一話]


『ルルルとリリリ』は、『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』の五年後のお話です。
もしも、未読のかたは──、
Amazonさんで好評発売中ですのでぜひこちらへ↓どうぞ!



初の連載小説にしてほんわかしたお伽噺『フックフックのエビネルさんとトッカトッカのカニエスさん』。
大変好評を戴いた物語はそのままに、新たに描き下ろしの挿し絵を加えた電子書籍版です。
《第一話から第七話までを収録したお試し読み版が、こちらの作品ページにございます。》

今週の一枚─005

創作とは全く無関係のネタ。

ニャーがリビングとダイニングを行き来できるように、扉のガラスを壊した。
一枚と言っておきながら全然一枚じゃないし。

まず、最初の状況。普通のガラス付きの扉。

最初
(古い家なんよ)
道具を用意。もう、何かを感じているのか?
道具を用意。もう、何かを感じているのか?
飛散防止にガムテを張り巡らす
飛散防止にガムテを張り巡らす
ガツンといきます
ガツンといきます
中央がなくなっても、枠の溝にはたくさんのガラス片が!
中央がなくなっても、枠の溝にはたくさんのガラス片が!

実はこれで思いっきり指をやられました。
プスッと。
めっちゃ痛い。しびれます──。

おおむね完了。興味ありつつもそっぽを見るニャー。
おおむね完了。興味ありつつもそっぽを見るニャー。
なぜ、扉が閉まっているのにダイニングが見えるのか? 哲学的な問いが発せられている模様。
なぜ、扉が閉まっているのにダイニングが見えるのか? 哲学的な問いが発せられている模様。
うりゃ!
うりゃ!

思い切って飛びました。
めでたしめでたし、ですわ。

寒いので、フェルトを付けてみました。
寒いので、フェルトを付けてみました。

まあ、ガラスネタだしね、最後はこれで締めますか──。

(じゃ、また明晩!)



書き下ろし新作短編、著者初の恋愛小説にして不思議な香りのするSF短編小説です。 《メタモルフォーゼと永遠の命》とは──?




淡波ログに掲載した作品を中心に書き下ろし作品を加えた初の詩集『猫になりたい』。
乾いた心にするりと忍び込む、読みやすい詩編を多数収録しています。

詩/六角のゆめ

あの、
幾何学で生み出された
宝石のような結晶が

わたしの手のひらだけで
いく千も
いく万も
きらりきらと
重なり合っているのだ

頭上を舞う
ひとつひとつに
名前を付けることは
叶わぬ数の

たとえどんなに冷たかろうと
もしわたしがここに
顕微鏡を持っていたのなら

幼いこどものような
夢中の眼差しで

きっと
次々に
その宝石を

プレパラートに
そっと挟み込み

目の周りに
赤い丸印ができるまで

ずっと
のぞき込みつづけて
いたいのだ

そして
道ばたの半端な怪物のように
崩れて穴だらけになった
塊の奥にすらも

きっと
ひそやかに
隠れているだろう
あの六角のゆめを

そっと
捜し求めたいのだ




淡波ログに掲載した作品を中心に書き下ろし作品を加えた初の詩集『猫になりたい』。
乾いた心にするりと忍び込む、読みやすい詩編を多数収録しています。

これは売れる。

ヘリベマルヲさんが新作『悪魔とドライヴ』を出す。Amazonでは既に予約が始まっていて、僕もポチッとした。
読みたい。
KDP、個人出版に関係している人間なら、これは興味を持たずにいられない。

あれだけのクオリティのものを多数出している作家が、「これまでに書いたものはゴミ以下だ」と公言してはばからない。
その作家が何年か振りに渾身の新作を出すというのだ。
そして、何人ものインディーズ作家に声を掛けて出版前に念入りに推敲し、たたき上げたもの。傑作との呼び声も高い。

残念ながら僕はその試み(「悪ドラ会」というらしい)に参加することは出来なかった。本名でしかFBアカウントを持っていなかったし。持っていたとしても声が掛かったかどうかは分からない。ここ半年くらい、ちょっと距離を取っていたしね。
でも、仕組みとして興味があるし、僕がやりたかったようなことにも通じている。

文法警察(命名は牛野小雪さんによる掌編)などと言っておせっかい校正をしてたことがあった。でも、どこまで踏み込んでいいのかバランスが掴めず、やっていたのは半端な誤字脱字指摘に過ぎなかった。構造の話はほとんどしなかった。気を悪くされるかもしれないとびびっていたのだ。特に、僕みたいは書きっ放しタイプからそういう話が出るのは……と。
本当はもっと深い部分を目指して相互校正の仕組みまで持っていきたいという気持ちはあったのだけど。

ヘリベさんが相互推敲まで踏み込むとは!
正直、意外だったし、凄いと思う。頭が下がる。いいものを生み出したいという真摯な思いに。

個人出版の質をアップするための仕組みを考えているけれど云々という記事を他の方のブログで目にしたこともある。

一人で頑張っているけれど、頑張り続けることにある意味限界を感じることがある。何らかの相互扶助の仕組みが、インディーズ作家同士で作れたら、それは素晴らしい。いや、ヘリベさんは一人でそれを作り、実行したんだ。
素晴らしいじゃないか!

群雛に書いたり、コンテストに出したりすると、批評やアドバイスを貰えることがある。それはそれでとってもありがたいし、一人だけで書いている時とは全く違うことになる。でもそれは、あくまでも書き終わったものに対して外の目が入るということ。
今回の試みが持つ意味は、果てしなく大きい。

『悪魔とドライヴ』は、早くもAmazonのランキングを駆け上がっているらしい。

これは売れると思うし、インディーズ出版界の一つの大きな現象になる。
(ただし、まだ内容については何も知らないし、ノーコメントだ)

何はともあれ、早く読みたい!

僕を作ってきたものたち─003

初めて買ったLPは、KISSの『ALIVE II』というライブ盤だった。
中学校一年の頃だったかな。

KISSとの出会いはラジオで掛かっていた『Rock And Roll All Night』だった。ポール・スタンレーでなく、ジーン・シモンズがリードボーカルを取っていた曲だ。僕はその曲をエアチェックして、来る日も来る日も聴いてた。
ちまたでは『Detroit Rock City』が大ヒットしていたけれど、僕はこっちのほうが好きだったな。

『Alive II』にはこの曲は入っていなくて、後日ALIVEも買った。お小遣いを頑張って貯めて。LP一枚で数ヶ月分のお小遣いだもん。

『Alive II』には好きな曲がいっぱいあって、でもなぜか、ピーター・クリスがボーカルの『Beth』とか、エース・フレーリー(当時の表記。フューレーと書いたアルバムもあった)の『Shock Me』や『Rocket Ride』(これはおまけのスタジオ録音曲)なんかがとても好きだった。
もちろん、針を落としたときの『Detroit Rock City』の興奮にはたいへんなものがあるけど。

その後好きになったQUEENといい、十代前半は洋楽といえばロックだったな。まあ、フォークかロックかカントリーしかなかったし、パンクはもっと後だし。
きっと、後にXTCを中心にした「ひねくれ系」やDepeche Mode(オールタイム・フェイバリット、ベストバンドの一つ!)に走る下地が、この頃からあったんだろう。KISSのメインストリーム系のヒット曲が好きだった友達は、ハードロック〜メタル好きへと成長していったからね〜。

今夜はそんな感じ。
どんな感じやねん?

(お伽噺を連載しているひとの書く記事じゃないな……)

いや、待て。

ジーン・シモンズはお伽噺好きなはずだ。何年か後に出たソロアルバムで、『星に願いを』をカバーしてたからね。
(この曲が『星に願いを』であることはずっと忘れていた。似たオリジナル曲だと思い込んでいた。僕もこの曲はカバーしたことがあるから、ここにも縁があったことになるなあ……)

そうそう、ジーン・シモンズは、『ウエストワールド』っていうマイクル・クライトン原作の映画と二本立てて公開されてたB級映画『未来警察』に主役級のマッド・サイエンティスト役で出ていた。素顔だった。おっさんだった。
今Wikiで調べたら、『未来警察』はマイクル・クライトン(Wikiではマイケル表記)が監督していたんだって。すごい繋がりだ!
そして、『ウエストワールド』はCGIを使った最初の映画なんだって!
この映画は面白かった。ユル・ブリンナー主演だし。
『ジュラシックパーク』の原点。恐竜の代わりにロボットがいるテーマパークが舞台で、閉鎖空間であるところ、ロボットの人工知能が狂って人間を襲うところなんか、まんま下敷きになっているような感じ。
これを中学校一年か二年の頃、厚木の映画館で観たんだよなあ……(どーでもいいっすね)。

マイクル・クライトンも大好きな作家の一人だし、かなり影響を受けていると思う作家だ。
いやあ、三つ子の魂百までじゃないけど、やっぱり子供のころの経験って何かしら残っているんだなあ。

しんみり──。

じゃ、また!

淡波亮作の作り方