残しておきたいツイート─023

さて、今夜は最近アツい(いや、昔からアツい)牛野小雪さんのこのツイートから。

1.

(Featherってどうなったのかなあ……)

2.

たまにはこういうのを残してもいいですね。誰か、小っちゃい子が隠れてます。

3.

このときが初めてだったのかな、広橋悠さんの本を読んだのは。
読む前から文章の色を想像して、それが良い方向に当たっていた。文章には、人柄が出てしまう(作りに作ったプロの文章はそうでないかもしれないけど)。
自分が成長し、文章が成長し、表現が成長し、心が成長し……
それを続けていきたいものです。

4.

不思議なことがあるもんだ。別になんてことない話だけど、何かのヒントになるかもしれないよ。

5.

ああ、この頃はこんなことしてたなあ……。
(あ、済みません、想い出に浸ってたわけでは──)
タイトル、表紙、じっくり考えなきゃいけないよねっていう自分への教訓として。
左の表紙を見ると、少なくともロボットが工場で米か麦のようなものを生産していることは伝わるかも。右は、なんだか全然分からないですよね。タイトルの意味も分からないし。

6.

まあ、別にいいこと言ってるわけでもないんですが……

7.

さぁ、今から考えよう!

8.

1年ほど前、よく帯のことが話題に上りましたね。最近、どうなんでしょ?
帯の売上げに対する効果はあるんじゃないかと思いますが、なかなか検証もできないですしね。

9.

いい言葉でしょ?

10.

今日は広橋悠さんで締め。
いい本ですよ!

では、また明晩!


最近、かなりカオスになってないか?

最近、かなりカオスになってないか?
この淡波ログって……
統一性やスマートさより《情報量の多そうなゴッチャリ感》を優先しているというわけでもないのに、どうもごった煮的になって久しい。

そこで淡波は考える。

ブログには、何だって書いていいんじゃないか?

ブログ指南の記事にはこんなことが書いてあった。
「全てのブログはレビュー。あなたの一番興味のあることにフォーカスして書くべきだ。一番詳しくて、一番書いていて楽しいことを書くべきだ。よく分からないことがあれば調べ、勉強し、更に詳しくなるのだ。それが、読者を惹きつけるコツだし、そうでないことを書けば読者は離れていく。ブログ記事を10本書くなら、8本までは同じカテゴリーのことを書くべきだ」

それはもちろん、基本的に正しいと思うんだけれど、じゃあ自分たちのような《自称作家》は、何を書けばいい?
文学論? 書評?
どうもしっくり来ないし、もしそういうものばかりを書き続けられたとしても、そこに自分の小説の読者となり得る人が来てくれるかどうかなんて分からない。
少なくとも小説が嫌いな人は対象じゃないかもしれないけれど、ガチガチの小説好きだけが対象の小説を書いているわけでもない。
どちらかと言えば、《映画やコミックが好きで、小説もマア読むよ》。というタイプの人に、僕の書いている作品は向いているんじゃないのかな、と思ったりもするし。

僕は素人作家に過ぎないけれど、ブログにはどんな内容の記事だって書いていいんじゃないかと思う。それこそ、いろんなことを知らないと、考えないと小説なんて書けないし、狭い世界に固める必要なんてない。
書く小説のジャンル・内容が決まっている作家もいるだろうけど、僕はあまりジャンルを固定していないし、とにかくいろんな人に読んで欲しいのだ。絶対楽しめるんだから!
だから、自分のジャンルから外れてしまう恐れなんて、抱く必要はない。
だから、入り口は広いほどいいんじゃないかって、ね。

最近ちょっとCG関連の記事が多いかもしれない? なんて思いながらも、週に一本程度だから、CGに興味がない人を邪険にしてるってこともないよね。
そもそも自分自身が仕事でCGを作っているのにも関わらずそれとは関係のない小説を書いているわけで。
SFやファンタジーを好きな感性と、CGを好きな感性とは通じるところがあると思うし、絵や写真やCGの表現のこと、詩や小説、いろんなこと……

誰だって、たった一つのことだけに興味があるわけじゃないし、いろいろなことに興味を持つ中で面白そうな小説を見つけてくれたら、それでいいんじゃないだろうか。

なんてね。
何が言いたいんだかよく分からなくなってきたけど……。

──カオスもまた良し。ってことかな。
(最近、カオスマガジンっての、発刊されましたよね、『雑誌なんか』だったっけ? 全部は読んでないけど、なんだか相当カオスだったし、それがまた面白いんじゃないかと──ね)

じゃ、また明晩!

今週の1枚/どこにだってある

写真 2016-05-23 9 28 59

美は、どこにだってある。
それを探しだせるかどうかは、自分の感覚を研ぎ澄ますしかない。
信じるしかない。

美、だけではない。
この、小さな小さなトンネルから、ドラマを感じ取ることだって出来る。
ここから、物語を紡ぎ出すことだって出来る。

生み出すことが出来なくても、探し出せる。見つけ出せる。

探しに行こう。
それは、どこにだってあるんだから。

詩/青い命よ


そうさ
きみたちには
誰だって敵わない

もうこんな歳なんだよって
うそぶく冬のきみを見ていれば
人はきっと
同情を込めて頷くのだろ

春になれば
それがあからさまな嘘だったと
わたしたちは
目を見開かずにはいられない

きみたちは
数え切れないほどの命を
そのしわがれた腕から芽吹かせる

花を咲かせたそのあとは
種を作ることすら軽々とやりのける

数万の花のあとに生まれた
数万の新しい命が
風に吹かれるのを
待っているのだろう?

わたしたちがどんなに頑張ったところで
自分の脚ではとうていたどり着けない場所まで

きみの何万もの子どもたちは飛んでゆく

いま、
きみのしわがれた枝の先に光る
数万の艶やかな緑が
生み出された新たなからだが
わたしにはたまらなく羨ましい

そうさ
きみたちには
誰だって敵わないのだから


第二詩集をそろそろ、と思ってはいますが、なかなか先へ……。と、いつもの言い訳をしつつ──それまでは、こちらをどうぞ。(まだか!)

淡波ログに掲載した作品を中心に書き下ろし作品を加えた初の詩集『猫になりたい』。
乾いた心にするりと忍び込む、読みやすい詩編を多数収録しています。


『猫になりたい』は、楽天KOBOさんから《例の》201円作戦で出てます。こちらですからね!

読んだ:マクベス。そして、気付いた!

僕のような無名インディーズ作家ふぜいがマクベスを語るのは、ちょっと無理がありますよね(しかも、知性派ではなく感覚派だし)。
きっと、あらゆることが語り尽くされていると思いますし、この作品に影響を受けている作品のことも語り尽くされていると思うので、実際、書けることは何もなかったりするんですが──

僕なりに感じたことをちょっとだけ。

やはり、今に通じる普遍的な物語ですよね。《悲劇》であることは間違いないのでしょうけど、全体の構成としてはわりとお伽噺的な(教訓的な筋立ても含めて)構成だったのが面白かったです。

間違った手段で王位に上り詰めた邪悪な王。
王を翻弄する魔女たち。
善の蹂躙。
復讐。
戦。
王の破滅。

お伽噺的な構造の悲劇……
そうです。一度も読んだことがなかったのに、僕の書いた『孤独の王』は、マクベスの翻案にも思えるくらい、骨格が似ているのです。

《すべての物語は肉付けをはがしていくといくつかの骨組みに分類される。》
ということもありますが、
大好きな『指輪物語』の(考え方としての)舞台装置を(ファンタジーの古典として)あちこちから摘みながら、全く違うオリジナルな物語を紡いだはずだったのですが、その更に源流とも言えるシェークスピアを真似したようになっているという、興味深い発見があったのですね……。

《女の腹から産み落とされた者には滅ぼされない》
というマクベスと
《生きている男には滅ぼされない》(記憶は曖昧……)
という指輪物語。

兵士が頭に樹を括りつけ、森が攻めてくるさまを表わしたマクベスと、
実際に木々の精であるエントたちが戦いに集まる指輪物語。

こういった具体性のある共通項を持たないように気を付けながら、根本的には同じことだったという……。

すべての根本的なアイデアは出尽くしている。というのは簡単ですが、あまりステレオタイプにならないように頭を捻っていきたいものです。

もっともっと過去の優れた作品を読んで、勉強したいなあと今さらながらに思うこの頃でした。

じゃ、また明晩!


『孤独の王』第一部は無料で読めます。この機会に、是非!

本書は、未知の古代文明ティオル王国の悲劇的な末路を辿る歴史書である。
ティオル王国民は独裁王による悪政にあえいでいた。美しき姫は父のよこしまな本性を知り、ついに袂を分かつ。
ティオル王国最後の数十年を辿る美しくも哀しい大冒険が、今、始まる!

Manuel Bastioni LABを使おう!(その9)

どんなにアクセス数が少なくても、めげずにManuel Bastioni LAB特集を続ける所存の淡波でございます。
さて今回は、盛り上げた髪の毛を色分けしてみますよ。

では始めます。

・まずはエディットモードに入り、サークル選択ツールにします。
(Tab, そしてcキーです)
・髪の毛にしたいポリゴンをサークル選択していきます。
・画面をうまくグルグル回しながら選択しましょう

覚えていますか?
画面をグルグルしたい時は、一旦サークル選択モードを解除するために右クリックです(左クリック標準に変更している場合)

エディットモードで、髪の毛にしたいポリゴンを選択します
エディットモードで、髪の毛にしたいポリゴンを選択します

さて、これでざっくり色分けできた感じもしますが、ちょっと大雑把すぎますよね。
もう少し、丁寧に加工して、髪の毛らしくしていきましょう。

ナイフツールを使って、ポリゴンを切っていきます。ナイフツールにするには、エディットモードでキーボードのkを押します。knifeのkと覚えましょう。
マウスのポインタがナイフの形になったら、髪の毛の生え際にしたいあたりをクリックします。次々にクリックすると、ナイフで切ったようにエッジが出来ていきます。
最後にEnterキーを必ず押してくださいね。そうしないと、キャンセルされて全て元に戻ってしまいますので。
15_2

エッジを切ったら、まだ髪の毛の色になっていないポリゴンをサークル選択ツールで選択(Cキー)し、先ほどと同じ作成したHairマテリアルを適用します。

最後にもう少しだけ髪の毛に手を入れ、レンダリングしてみました。

生え際のちょろんとした髪の毛を作ってみました
生え際のちょろんとした髪の毛を作ってみました

cut

さて、何か物足りないですよね。
そう、眉毛や目、唇が肌色です!

次回は、今回のテクニックを使ってそれらに色づけしていきます。
え?
もう自分で出来ちゃった、ですって?

では、少しだけ効率アップ出来るコツを挟みながら、次回はいきましょう。

ではまた次回をお楽しみに!
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残しておきたいツイート─022

本日は、同時代の作家さんのこんな言葉から。

1.

2.

僕のコメント、不要ですね……

3.

4.

これ、とっても大事ですね。つい、僕も読者さんがどんどん先へ進みたいように書こうとしがちですが、じっくり味わいたくなる文章を書いていきたいものです。

5.

監督の(個性の)作品を創り上げるために、集団でサポートするってことですよね。寄せ集めとか、ブレストとかとは根本的に違う。
これ、小説を書く参考にもなりそうな話です。

6.

この本、この後すぐに買ったんですよね。でもまだ積んである。
もったいない!

7.

久し振りに読んで、またニヤリとしましたw

8.

最近、マクベスの映画を観て、それから読んで、やっぱり本の方がいいよなあとじんわり。映画は好きだけど、原作を壊さないとか超えるとかってのは至難の業ですよね……。

9.

とは言うものの、長い小説は《ずっとその世界に浸っていられて幸せだった》という思いがありますね。短い小説は《また浸りたいから読もう》を何度も繰り返せますが──。

10.

これ、大事ですよね。
このツイートへの返信で、ツイートを140文字で書くことがいい訓練になっている。というのもありました。僕も、そう思います。
どうやっても140文字には収まらないだろうと思った内容が、考えに考えて削っていくと、案外収まったりするんですよね。

じゃ、今日はここまで!

校閲のちょっとした裏技発見(!)

書き終えたばかりの自作、冷静に校閲するのは難しいですよね。ちょっとした偶然から便利そうな方法を一つ見つけました。

まずは、執筆環境とは異なる見栄えのデータを用意します(これは、基本ですよね)、epubなどに書き出して、電子書籍リーダーで見るのが良いかと思います。

どこでもいいので、ページを開きます。
パッと目についた言葉を選びます。これは、動詞か形容詞が良いと思います。その言葉で全文検索をかけましょう。
ずらずらっと出てきますよね、同じ言葉を使った文章が。
その言葉が個性的な言葉だった場合、近くのページに登場したら要注意です。故意に使った場合はともかく、たまたま同じ言葉が近くに現れたなら、表現の幅が狭いかもしれないと疑う必要があるでしょう。
ちょっと周りを読んでみて、もっといい表現がないか、別の書き方は出来ないか、模索してみるとトレーニングになりそうですよ。

次に、その言葉が出てきた箇所から1ページだけ読んでみます。先へは進まず、検索結果に出たところだけ、次々に1ページだけ読みます。物語の内容に引きずり込まれる前に次へと飛びますから、案外冷静になれそうです。
不思議と、今までには気がつかなかった「気になるポイント」が、どんどん見つかったりします。

最後まで行ったら、またそのページで気になる別の言葉を選びましょう。
そして、全文検索。
これを繰り返すと、同じ表現の頻出や、癖で使ってしまっている言葉があぶり出されるように思います。もう少し工夫が必要なのに、手癖で書いてしまっていることって、案外あるもの。

もちろん、物語を順々に読まないことによって冷静になれる効果も大きいです。「流れ」に流されず、単文ごとの表現や誤りをチェックできるので。

どうでしょう──
参考になりそうですか?

では、この記事がいつか誰かの役に立ちますように!
(久し振りにこの言葉で締めたナ……)

懲りずに今週の進捗

どうも。『ルルルとリリリ』の進捗は、と言うとですね。
あー、済みません……。あまり進んでないです。

上巻のepub化はひとまず出来て、これから下巻のデータ作成に入るところです。
でも、とりあえず原稿をまとめて放り込んで目次が機能するようにしただけなので、まだやることはたくさんあるのです。

表紙は連載時のままなので、もう少し手を入れないといけないし、本にするために足りない要素がまだあったり。

画面のイメージ。
通常はきっと、こんな感じで表示されるのではないかと思います。
これ、童話としてはちょっと淋しいなあと思いませんか?

こちらはiBooksの(読書側の)機能でちょっとそれっぽい見栄えにしてみたもの。
文字を大きく、書体を丸ゴシックにしています。

なんだか、それっぽくなりますよね。とっても童話っぽい。
この際、cssに埋込んでみようかなと思い始めたりしてます。きっと、WindowsでもMacでも、標準で何かしらの丸ゴシックフォントは入っていますよね。
Kindle系だと専用端末でもアプリでも、読者側が簡単に書体を変えることは出来ないんですよね。楽天KOBOなら、パソコンで読むときは書体を変えられるようですが、アプリがcssを見に行ってくれるかどうかは未知数(試してみなければ!)……

本が起動したときの文字サイズは指定できるはずなので、それだけ入れてみようかとも思いますが。端末サイズが違えば表示したい字の大きさも違いますものね。
やっぱり電子書籍の文字をコンテンツ側でコントロールするべきじゃないのかな。これはやっぱり難しい問題かも。

こんな風にして読んでもらいたかったら、やっぱり紙の本にするのが一番良いのですかねえ……全文画像の電子本という選択肢はどうなのかな。やっぱり不親切かな?
Kindleの絵本・童話用の出版環境は未調査なんですよね……。たしか、専用ソフトがあったはず……。これは全文画像じゃない方法なのかな?フォンと埋込みとかはムリですよね、PDFじゃないし。
うーん、こちらも調べなくっちゃ。

と、いうことで、《いやあ……まだ遠いなあ》というのが、今の状況だったりします。
(今日は書きながら考えてたので、途中と最後で言ってることが矛盾してますねえ──)

ではまた、明晩!

今週の1枚/食べられないサクランボ

写真 2016-05-12 7 57 02

家から最寄り駅にいたるまでの遊歩道は、一部が桜並木になっている。
その桜並木は、ソメイヨシノだけではなく、山桜やほかの種類が適度に植えられている。だからサクラの花を楽しめる時間も少しだけ長いし、ソメイヨシノのほんのり淡い桜色以外にも、鮮やかめのピンクや八重咲きの可愛らしい花や、いろいろとあって楽しい。
そして今の時期、勝手になったサクランボが、どんどん地面に落ちては僕らの靴に踏まれ、濃い赤色の染みを石畳に作っている。そろそろ種だけになり、乾いた薄黄色の屍が散乱する季節がやって来つつある。

サクラの種を踏みしめると、
足下でカリカリと音がする。
僕はこの音を聞くと、そろそろと春は行ってしまったのだなと、感じることになる。

その、少し前。
まだ、地面に落ちたサクランボの赤が鮮やかだった日の写真を、どうぞ──。

このサクランボ、タイトルのように食べられないわけではない。本当は。
もちろん食用の品種のように大きくはないけれど、ちゃんと熟れていればしっかり美味しい。
子供たちが小さい頃、かれらは学校帰りにサクラの木に飛びつき、熟れたやつをむしっては食べていた。ぼくも、ちょっと食べてみたことがある。甘酸っぱくて、美味しかった。

でも、近年は食べてはいけないことになっている。
毛虫がついたりするから、サクランボが熟れる前くらいに一斉消毒をやられてしまうからだ。
消毒の薬が身体に悪いから、絶対食べてはいけないと、言われてしまう。

消毒薬を撒く前に、「食べるなら今日までだよ」と言ってくれた学校の先生もいたらしい。
息子などは、夕方まで友達と旨そうなサクランボを探し回っていたそうだ。

今は、どうなんだろうか?
そう言ってくれる先生は、いるのかな?
一日か二日ずれると、子供たちに毒を食べさせることになるからって、もうそういうことは言わないようになったのだろうか?

近所の子供たちがサクランボを食べている姿を、もうずっと見ていない──

地面に落ちているサクランボの輝きを見ていると、つい、手に取りたくなる。
美味しそうだな、と思ってしまう。

でも、誰も食べることが出来ない毒の実が、そこにはあるだけなのだ。


じゃ、また明晩!

淡波亮作の作り方