あれは、10代の頃だったかと思う。海洋漂流サバイバル系の小説を読んでいて、船室で漂流日誌を付けている主人公がいた。漂流が長引き、日誌が失われてしまったのか、ペンが使えなくなってしまったのかは覚えていないけど、あるところで記録の手段が失われた。そこで、せめて主人公は日付だけでも記録しようと、船体の丸太にナイフで傷を付けた。来る日も来る日も、主人公は丸太に傷を付け続けた。
『ありがとうチモシー』だったかもしれないし、『十五少年漂流記』だったかもしれない。もっと大人向けの小説だったかもしれない。いや、そもそも本ですらなかったかもしれない。『未来少年コナン』にそんなシーンがあったかもしれない。ん? いずれにもそんなシーンはないかもしれない。曖昧な、とても曖昧な記憶。
でも、その記憶は心の片隅にずっと残っていた。
(近年、何かの映画でも似たようなシーンがあった気がする)
そして20代後半、WEBの仕事を片手間で担当するようになった頃、ログという言葉が引っ掛かっていた。なんで丸太なんだ?
いわゆるdos窓に処理記録が延々と流れるようなやつだ。そっち系の専門の人がサーバーの設定をしているとき、ぱらぱらと流れるそれをぼんやりと眺めていたりした。なんのこっちゃか分からないし、専門家ではない僕は興味もなかったのだけれど、
“ログを取ってるんだよ、後で何かあったときに解析できるようにね”
と言った彼の、ログという言葉がどうも気になっていた。
WEBの仕事というとITっぽい響きもあるけれど、ちょっとデザインが出来るからというだけの理由で、当時勤めていた会社でホームページの制作を任されたのだ。まだWEBサイトなんていうカッコいい言葉はなくて、何でもかんでもホームページと言っていた。AdobeのPage millが最先端だったHTML1.0の頃で、WEBデザイナーなんて職業も言葉もなかった時代……。
僕はインターネットの解説書を買ってきて貪り読み、アーパネットの歴史とかWWWの成り立ちなどを読んで、少しずつネット関係の知識を溜めた。そして、HTMLベタ打ちと16色くらいに減色した小さなGIF画像をテーブルで並べた程度のホームページを作るようになった。デザインなんて言えるもんじゃなかったけど。
確か、あの本の中にもログの話がちらりと載っていたと思う。
そして時は流れ、30代後半あたりか、ブログという言葉が使われはじめた。最初は略さないでWEBLOGと言っていたと思う。WEBに書き残す記録だからWEBLOG。
あ、これ、丸太に傷つけるあれじゃないか! とピンと来たのだ。
だからね、僕にとってブログは生存の記録だとも言える。つまらない日記だけど、くだらん自己宣伝に過ぎないかもしれないけど、淡波亮作が日々なにをどう考えて、それをどうやって創作に転生させていくのか、そんなことも残して行けたらと思っている。
今日、この頃。
「役に立たないもののほうが、面白かったりする」
────淡波亮作
なあんてね。