Works of 淡波亮作

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小説について
初作の『壁色のパステル』は、ある小説新人賞に応募したものなのですが、一年近く待たされたのち一次落ちという惨憺たる結果でした。私の書くものは派手さに欠けていたり、長さが新人賞の応募規定に沿わなかったりで、どうもそういったものに応募するのは自分向きではないのではないかと思いはじめた頃です。 "一次審査" 落ちなので、そもそも文章のクオリティに問題があったということもありますが。

もともと、新人賞というのは出版社が大きな費用をかけて開くものですし、当然、受賞作にはかなりの売り上げが期待されます。受賞作がヒットしなければ、出版社としてはマイナスですものね。そこで、はたと気がついたのです。何十万部の売り上げが期待できる小説は、派手で人心を非常に引き寄せる内容や完成度の高さが必要ですよね。時代性であったり、純文学であれば、純度の高さ、といったところでしょうか。更に、多く売るためには出版社が宣伝費を投入するリスクも生じます。
さて、私の書くものはどうだろうか? 私はどんな人たちに小説を読んで欲しいのだろう? と考えたとき、それはいわゆるベストセラーといわれる本と同じものではないな、と気がつきました。

丁度、Kindleが話題になり始めていたこともあり、電子出版を思いつきました。これなら、数百部、数千部の売り上げでも絶版になることはありません。店頭から撤去されてしまうこともありません。もちろん、出版社・編集者を通さない自費出版(しかも限りなく0に近いコストで!)ですので、市場に流通させられるだけのクオリティを出せているかという保証もありません。Amazonさんが見てくれるのはフォーマットが規定通りであるかというだけで、内容はすべて著者任せなのです。クオリティの低い出版物を世に出した責任は、全て著者に帰ってきます。たとえ無料キャンペーンを打っても、次第に誰も振り向かなくなる、といった形で…。

電子出版しよう! と決めた時、そのプラットフォームとしてはKindleしか考えていませんでした。自分自身がユーザーでしたし、その読みやすさ、扱いやすさが大変気に入っていました。また、Kindleのみで出版すれば、Amazonのプレミアム会員には書籍を貸し出すことができたり、新著の紹介もされやすいかな、と考えました。Amazonという巨大なサイトで無料キャンペーンを打つことができるの大きいですね。

『壁色のパステル』は、じっくり時間をかけて全体を見直し、大幅に改訂を加えて電子書籍として出版させていただきました。


淡波亮作について
『淡波亮作』はもちろんペンネームですが、本名を名乗るまでの者でもありませんので、秘密ということにしておきましょう。

小説を書き始めたきっかけは、実はハリーポッターなのです。私はこのシリーズが大好きで、日本語訳が出るずっと前から原書で読んでいました。やがて日本語訳が出版されると家族もみな読むようになりましたが、原書を読んでいる私は常に家族より1年近くも早く読み終わってしまうわけです。
そうすると、「この次の話はこうなるんだ」とか、「あの謎は実はね、」なんてことを話したくて仕方ないのです。
「だったらお話で教えてよ」という流れで、第7巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』Harry Potter and the Deathly Hallowsの家族への読み聞かせを始めました。<原書を見ながら日本語で読み上げる>というやり方は少々きつく、話がきちんと伝わっていないのではないかという心配も大きいものがありました。そんなことで、3・4章目あたりからでしょうか、翻訳を始めたのです。
毎週、だいたい1章ずつ翻訳し、プリントして家族に読ませる、ということを9か月ほど続けたでしょうか。日本語版が出版されるほんの数週間前に『私家版 ハリーポッターと死の秘宝』は完成し、同時に家族全員が読み終えました。
一度も校正を行わず、英語のよくわからない部分は適当にごまかしたにも関わらず、家族からは高い評価を得られました。本家の翻訳より面白い、なんて言われていい気になったりもしたものです。2008年、春の出来事です。

同時に、この調子で自分の小説も書けるんじゃないかな、と思ってしまったのが、書き始める力の源になりました。

それまではちょっと粗筋のようなものを書き散らかしては放っておく、ということが続いていましたが、「書ける!」という妙な自信を得たことで、きちんと一冊書いてみようかと思えたのですね。

『壁色のパステル』は、ある日見た夢を、かなり忠実に再現したものです。目が覚めた瞬間、そこそこはっきりした結末と、曖昧模糊とした全体のストーリー、それにかなり鮮明な場面場面のイメージが頭にありました。夢には時間の感覚がありませんので、全体の構成はなく、画面としての映像が頭に張り付いていました。
それを忘れてしまわないよう、すぐにMacのワープロを開き、一心不乱に書き進めたことを覚えています。
もしあの夢を見たのが週末でなかったら、そのまま忘れてしまったかも知れません。淡波亮作も生まれていなかったのではないかと思うと、運命とはじつに不思議なものです。
運命だなんて、ちょっと大げさかも知れませんが…。

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©Ryousaku Awanami 2014.