Tag Archives: ティプトン

『ティプトン』連載第4回

“ケイトは小さく呟いて、両目を見開き、音の来る方向に顔を向けた。真っ白い髪の毛をボサボサに伸ばした老人が片手でワゴンを押し、もう片方の手で器用に蓄音機のハンドルを回していた。”

『ケプラーズ5213』より


── 4 ──


船外活動の地獄は
それを経験した者にしか
分からないだろう

互いに見張り合う一対のゴテゴテしたロボットが
外壁の凹みにぶら下がるように隠れている

自己修復型のマシンが故障する時を待っている
冷たい肌をしたロボットたち

その修復ができなくなってしまうことを
避けるためだけに
彼らは存在している

絶えず互いの存在を気に掛け
異常があればすぐに
互いをいたわりあうように修理を施す

外殻に点在する恐ろしい発電設備や
大小の船が出入りするための開口部

わずかな隙間が私たちの生命を簡単に奪う

冷たい肌をしたロボットたちに
生命の感覚など解りはしない

ただ
完璧であろうとするためだけに
彼らは働いている

私には船外活動の経験はない

彼らを見たのは
小さな窓から遠くに見える
小さな小さな鉄の塊としてだけだ

彼らを間近に見た者は
生命の儚さを思わずにいられないと言う

あれが
私たちの生命を握っているのだと

私たちはみな
身震いをせずにはいられないのだ


本連載は、原則として毎週木曜日に掲載します。


地球を旅立って三千年後、人類は尊い犠牲を払いながらも、計画通りに492光年彼方の惑星ケプラー186fに到着した。
人類は惑星の各地に入植キャビンを送り込み、水と緑に溢れた美しい新天地に入植地を築きつつあった。
だが、人類の生息環境として申し分ないその惑星に、先住生物が存在しないはずはなかった。


『ティプトン』連載第3回

“ジョージ・ガーシュインのゆったりした旋律が、暗い廊下を静かに流れていた。か細く、だが円やかな手回し蓄音機の音だ。滑らかに回転するチタン製のレコード円盤が天井からの光を受けてぬらぬらと反射している。
誰かがゆっくりとハンドルを回すキイキイという音もまた、音楽と寄り添うように小刻みにリズムを刻んでいた。”

『ケプラーズ5213』より


── 3 ──


では、《新しい知識》とは、何だ?

私たちはそれを
禁じられたのではないのか

私たちは
私たちの未来を壊さぬため

あの新しい星を
赤い土くれに変えてしまわぬため

人類の生きる可能性を
狭めてしまわぬため

考えても考えても理解できない
《新しい知識》は
捨て去ろうと決意したのではないのか

今の私たちが持つことを許されている
《産業革命以前の技術》
というものですら

私のような者には
理解が及ばないのだから

美しい音楽を奏でる
輝けるこの円盤ですら

その針が冷たい肌を滑る瞬間に立ち昇る
眼に見えぬ何かを
理解することは叶わぬのだ

音とは振動なのだと
若い時分に学んだことは覚えている

だがその先の知識を求める級友に
教師は言ったものだ

それ以上、知ろうとしてはならない
その飽くなき好奇心と探究心こそが
あの星を
破滅に追いやったのだからと

探求を諦めようとしなかった級友の一人は
やがて出世して
コントロール・センターの一員となった

知識を持つことが許される
それを使うことが許される
ひと握りのエリートたち

彼らは私たちの未来を
コントロールしてくれるのだという

間違いなく、あの星へと船を導くために
眠り続ける九万の同胞が
その尊い命を失うことがないように

だが本当に
信じているのだろうか

彼らは私たちの未来を
コントロールすることができるだなどと

理解することのできない
恐ろしい魔術の中で


本連載は、原則として毎週木曜日に掲載します。


地球を旅立って三千年後、人類は尊い犠牲を払いながらも、計画通りに492光年彼方の惑星ケプラー186fに到着した。
人類は惑星の各地に入植キャビンを送り込み、水と緑に溢れた美しい新天地に入植地を築きつつあった。
だが、人類の生息環境として申し分ないその惑星に、先住生物が存在しないはずはなかった。


『ティプトン』連載第1回


── 1 ──


まるきりの失敗だったなどと
誰に言えよう

私の人生が

大人になり、
そして年老いた

決して着くことはない地
ずっと教えられ
子供時代を過ごし

この、
白く美しいガラスの棺は
もう、
老いさらばえた肉体を包むことは

美しい少年よ、
少女たちよ、
いずれきみたちは迎えるのだろう

緑に包まれた星に降り立つ日を
栄光の日を

白い靄に包まれ
二百年の時を過ごし
私と同じさだめの老人が
いく百人も宇宙に打ち捨てられた後

きみたちは、
悠然と、
その美しい肢体をもって

柔らかな土を
私たちの知らぬ色の土を
踏みしめるのだろう

この分厚い鉄の檻に護られ
育まれた私たちは

あの《地球》という名の星を、
《母なる星》、
そして、
《本当の心の故郷》であると
教えられて育った

映像でしかない星を

私たちは
心に刻みつけられ続けた

繰り返し繰り返し、
茶色く汚れゆく地球の姿を

私たちは
恨むようにと
学習を強いられ続けてきた

母なる星を死に追いやった
科学技術を

文明とは何であったかを
文化とは何であるべきだったのかを

──この、科学技術の粋を集めた冷たい檻の中で

いや、
いや、
ここは、檻などではない
決して、
ないのだ

この場所、
この船こそが、

私たちにとって
ただ一つの故郷なのだから!



本連載は、原則として毎週木曜日に掲載します。


地球を旅立って三千年後、人類は尊い犠牲を払いながらも、計画通りに492光年彼方の惑星ケプラー186fに到着した。
人類は惑星の各地に入植キャビンを送り込み、水と緑に溢れた美しい新天地に入植地を築きつつあった。
だが、人類の生息環境として申し分ないその惑星に、先住生物が存在しないはずはなかった。


唐突に新連載『ティプトン』第0回

このタイトルに見覚えのある方はいらっしゃいますかー?
(しーん)

はい、本日から新連載の『ティプトン』、実は長編SF作品『ケプラーズ5213』にちょこっと出てくる脇役の老人の名前です。
Keplers_ADs
『ティプトン』はケプラーズのサイドストーリーですが、きちんとしたストーリーはありません。それもそのはず、これはティプトンが長年にわたって書き連ねた言葉の断片であり、ティオセノス号唯一の(?)詩人(?)、であるティプトンが遺した手稿なのですから──。

それでは、はじまりはじまり……


『希望の夜、絶望の朝』

この船にはティプトンという詩人がいた。
いや、彼を詩人と呼ぶべきなのかどうか、
判断は後の人々に任せよう。

彼の死後、
貴重な紙のノートに書き記された言葉の断片が大量に見つかった。
いったいどこであれだけの紙を入手したのか。
今となっては知るものもいない。

この手記は、
記録に残る唯一の文学者であるティプトン・スティーブンスの書き記したものを後の世代伝えるためにコントロール・センターによって永遠に《ティオセノス号船内に》保管されるものである──。

なお、最も古いノートの冒頭には『希望の夜、絶望の朝』と記されているが、それが手記自体のタイトルであるかは定かではない。
断片の中から、『希望の夜』そして『絶望の朝』と題された二篇を冒頭に置くことで、形ばかり文学作品のような体裁とさせていただくことを、読者諸氏には──もし、この記録に読まれる機会があるのなら──お許し願いたい。

──コントロール・センター記


希望の夜

闇が好きだ
闇は実感をくれる
わたしたちと漆黒を隔てる
冷たい壁は溶け

漆黒の中で
生かされていることを
この乾いた肌で感じるのだ

無という名の音楽が
わたしの両耳をつんざくのだ

わたしは
生きている

漆黒とひとつになり
無と結合し
真空に溶け出しながら

わたしは
生きているのだ


絶望の朝

目を開けると
目をそらすことができない闇が
わたしを待っている

白い闇が
わたしを冷たい両腕で
包もうとして伸びてくる

鉄だ
この世は全て
白い鉄だ

本当に存在するのかすら危うい
作り物の夢は
わたしの心を満たしてくれはしない
誰の心も
満たしてくれはしない

目を覚まし
最初に映るのは
白い鉄だ

目をそらすことができない
白い闇だ



本連載は、原則として毎週木曜日に掲載します。


地球を旅立って三千年後、人類は尊い犠牲を払いながらも、計画通りに492光年彼方の惑星ケプラー186fに到着した。
人類は惑星の各地に入植キャビンを送り込み、水と緑に溢れた美しい新天地に入植地を築きつつあった。
だが、人類の生息環境として申し分ないその惑星に、先住生物が存在しないはずはなかった。