シャッターチャンス、アイデア、記録と記憶。

ああ、写真を撮りたいな、と思った瞬間は、それが叶わないことが多い。外出しているときの大半は、何かしら先を急いでいるときだ。
水たまりの底に沈むタンポポのロゼット。心なしか、普段より葉を伸び伸びと広げているように見える。
地面を覆う濡れ落ち葉、艶々と光り、雨のどんよりした世界に気づきと喜びを運んでくれる。

本当は一眼レフを持ち歩けたらいいのにと思う。でも、出勤時に肩からそんなものをぶら下げているわけにもいかないし、撮っている間に電車は行ってしまう。iPod touchでパシャリとやるのがせいぜいだし、それもろくに見ないで撮るからピントすらあっていないことも多い。
接写したいときなどは、ピントの合う距離を考え出来上がりを想像しながら、とにかくどんどんシャッターを切る。10枚撮ってもピンぼけだらけで、使えるのは1枚か2枚だ(デジタル写真は「枚」と数えるのか?)

ふと、メロディを思いつく。あるいは、降りてくる。ああ、降りてきた、と思う。メモ録音しなきゃ、と思う。
できない時は、頭の中でそれをぐるぐる繰り返す。そうすると、メロディが徐々に単純化される。整理されて良くなる場合と、逆につまらないものに成り下がってしまう場合がある。
紙とペンと時間があれば、譜面に落とす。でも、これは後で振り返らずそのままになってしまうことも多い。
iデバイスとイヤフォンがあれば、DAWに入力してしまう。最近はこれも多いけど、こういったスケッチも断片がどんどん溜まってカオス化してしまうことが多い。ファイルを開いて再生し、聴き込まなければどんな曲だったかわからないし、インストはファイル名だけで作りかけメモの内容を思い出すことも難しい。

振り返って、小説のアイデアはいいね。思い付いたら、メモする。書けない時は、頭の中でそのアイデアをどんどん育てて膨らませ、掘り下げることができる。実際に書くときには考えたことと違ってしまうこともあるけど、それはそれで面白い。ただ、完全にどこかへ消えてしまうということはない。
そして、書いたものはデバイスが変わっても、時間が経っても、そうそう消えることはない。
(完全に文字化けして読めなくなってしまった詩もあったけど)
テキストはさっと確認できて、内容を後から確認しやすい。追加や修正も簡単だ。タイトルだけ見れば、割とすぐに内容を思い出せる。
こうやって、小説のアイデアはどんどん溜まっていく。書くスピードが、全然追いつかない。
せっかく書くなら、また新しく考えて書きたい、なんて思ったりもする。

まあ、何にせよ、アイデアを生む行為ってのは楽しい。それを頭の中でああだこうだこねくり回すのもね。

こうして僕は、《創作という呪縛》から一生逃れられないのだろうな、と思う。

じゃ!

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