文字から、映像が見える?

とは言っても、必ずしも〈映像を見るような描写〉ということではないんです。
映像化されたいということでもないし……、
映像を、文字で描くという感じでしょうか。

僕は、あまり「文学」という言葉じたいにはこだわりがありません。
僕の小説を読んで、いい映画、面白い映画を一本見たような気持ちになって欲しいのかもしれません。

だからといって、
映像化を前提として書いているということではないのです。

むしろ、
映像化できないイメージを文字で表現することで、頭の中にあなたなりの映像を描いて欲しいのですね。
誰かが具体的に描いた画像、映像ではなくて、具体的にどんな絵とは説明できないのだけれど、頭の中にふわりと浮かんでくるもの。
そういったものを味わって欲しいのかな、と思うのです。

「映像化されるのを前提で書くなら、小説である必要はない」
そう断言するひともいますよね。
その気持ちも分かります。
僕の作品を映像で見たいと言ってくださる読者さんもいます。

でも、
映画化された小説作品はあまり好きではない、という自分もいます。
小説できめ細かく表現された様々なイメージ、または曖昧に表現されたイメージを、万人が納得する映像に再現するのは無理、とも思います。
既読の小説が映画化されたとき、ほぼ間違いなく映画館でがっかりする自分もいます。
長大な小説を2時間程度の枠に収めるのはとても難しいでしょうし、短めの小説を、脚色を加えながら映像にするくらいがちょうどいいのかもしれません。

昔読んだ小説で、こういうものがありました。
主人公は人間ではないけれど、描写としては人間のように読める。
それがオチのどんでん返しで人間ではなかったことが分かる、という。

僕がSF雑誌オルタニアのvol.2に書いた『繭子』という物語もそんな感じでした。

いわゆる〈映像化不可能〉的なストーリー構成です。
(映像にした途端に、行間に仕込んだ謎が見えてしまうという)

もちろん、抽象的に表現するとか、語り手の姿を一切出さないなどの工夫で映像化は出来るでしょうけれど、小説を読んでいる時はきっと、読者は人間の姿を思い浮かべているのですよね。
それを、大胆に裏切るのは文字で書かれた小説ならではの醍醐味なのかなあと思ったりします。

まあ、そんなことを考えながら、今日も作品を書いています。

SF雑誌オルタニアvol.3の発売は3月です。
まだまだ、時間はありますね。
(そう思っているのは今のうち!)

では、また明晩!

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