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批評ピラミッドというもの

画家で美術教育家のスタン・プロコペンコ氏(Proko.com主催)を招いたBlenderGuruのインタビュー。全体的にもとても参考になるいいインタビューだったのですが、《奮闘中の》表現者すべてに当てはまるいいことを言っていたので、ちょっと書いておきます。CGアーティストにも、小説家にも、音楽家にも、誰にでも当てはまることなので。
ただ、聞き返してはいないし、記憶もうろ覚えなので、その正確性はご勘弁を。
(二時間半以上もあるインタビューなので、さすがに一回しか聴けない)

では本題。
批評にはピラミッド構造がある。アーティストは批評に傷ついたり、酷いときはたった一言の批評で筆を折ることになったりする。でも、言った本人は何にも覚えていなかったり、極めて身勝手なのが批評。今の時代は、全人類が批評家の時代。無記名で、ペンネームで、単にフラストレーションの解消のような批評をする人もいる。

だから、大半の批評は無視していいんだ。

下の図を見てね。

批評って、こんな構造
批評って、こんな構造なんだって

ネガティブな批評で最も多いのは、作品ではなく、「こいつ、気にいんねー」というタイプ。日本ではあまりないかもしれないけど、人種や国籍、宗教の相違に根ざした、まさに根も葉もない批評。これが、ピラミッドの底辺。最も多く、最も意味がない。

作品と関係ない批評って、小説(Amazon Kindle Storeを例に取りますが)でもありますよね。やれダウンロードちゃんと出来ないとか、電子書籍だと読みづらいとか、無料だと思ったら有料じゃないか、とか。それでムッとしたひとが、内容をろくに読まないで一つ星レビューを付けたりする。作品がひどいって、取ってつけたように言ったりしてね。
Twitterやブログで言っていることが生意気だから懲らしめてやれ、なんてメンタリティーのレビューアーもいるらしいから、本当に、《素人による素人のための素人批評》は無法地帯。

次に多いのが、好みや偏った考えに立脚した批評。これも、ネガティブ・クリティックが多い。作品に込められた思想が自分と違うとか、作者の考え方は偏ってるとか、作品の質とは別の次元で、単に好みに合わないとか、ね。ちょっと実力が足りない部分を見つけたら、そこを執拗に責めたり。

プロでないアーティスト、作家が、お金を取ることへの抵抗も大きいようですね。
今までは無料で提供していた情報を、有料にした途端に寝返る人が多いよね、とインタビューアーのAndrewくんも嘆いてます。
「素晴らしい作品! 素晴らしいチュートリアル! 素晴らしいデータ!」とべた褒めしていたのに、マネタイズが始まると手の裏を返して極悪批評を始める情けない人たち。
(ネットで何でも手に入るからって、何でも無料だと思ったら大間違いなのに!)

でも、理由がどうあれ、ネガティブな攻撃を受けると、作者はとてつもなく傷つく。それで自分の人生における価値が決定づけられてしまったかのように、傷つく。だけどね、そんな批評なんて、小学校の時のいじめっ子と大差ないんだ。自分が何を言っているかすら、分かってない。
だから、そういう批評には耳を貸さなくていい。

そして、ピラミッドの一番上の領域にあるのが、客観的批評。これの特徴は、同じことを言うひとが複数いるんだって、インタビューでは言っていた。見るひとが見れば分かる。そういうことかな。下段・中段のどうでもいい批評は、自分で濾し分けられるようになろう。冷静に批評を見て、同じことを言っているひとがどこか他にもいたら、それは気にしてみよう。自分では分からない大事なことを、その批評はきっと教えてくれている。

だから、元気を出そう。表現者たちよ!
ネガティブな批評の根っこを掴んでしまえば、もう怖くなんかないんだから!

なお、この記事の内容は、淡波の独断・私見によるものです。Andrew PriceさんとStan Prokopenkoさんのお話を参考にしていますが、文責は淡波にあります。念のため。

この記事が、いつか誰かの役に立ちますように!
(なんか、いつもと雰囲気が違うなあ。この記事、批評しなくていいですよ。びくびく)